東日本大震災10年

福島の食品 偏見なくす 科学的知見基づき「安全」発信

「全面協力」伝達  2011年の東日本大震災当時、野党第1党の自民党幹事長として、被災地の状況把握に追われました。震災から2日後の3月13日には谷垣禎一・自民党総裁(当時)と2人で首相官邸を訪れ、菅(かん)直人首相(当時)に全面協力の意思を伝えました。

 被災地への支援では、様々な業界団体や企業とのネットワークを生かし、食料や衣類などの物資を被災地に届けてもらうよう手配するなど、自民党としてできることは何でもしました。  しかし、当時の政権の震災対応には不満を感じていました。首相が自ら東京電力福島第一原発に出向いて現場に混乱を与えたほか、「菅(かん)降ろし」の動きが起きるなど民主党内の統制もとれていませんでした。その年の6月に提出した内閣不信任決議案は最終的に否決されましたが、「このままではいけない」という野党としてのメッセージを発信したという意味では、提出の意義はあったと思います。

流通量増えず  あれから10年がたち、津波被害にあった岩手、宮城両県の沿岸部では高台移転が進むなど、復興は進んでいると思います。  しかし、原発事故が起きた福島県は、県産食品への風評被害が今も続いています。食品の放射性物質(※注)については震災前よりも厳しい、1キロあたり100ベクレルという基準を設けているにもかかわらず、流通量は少ないままです。この状況は、風評被害というよりも「偏見」と言わざるを得ません。  また、福島には日本の原風景が残る里山が多くあります。元々は、そこで採れた山菜やキノコ類が農家の人々の副収入となっていました。これらも風評被害で売れなくなった結果、里山に人が立ち入らなくなり、荒れ果ててしました。「偏見」をなくしていくためには科学的知見に基づいて、福島の食品が安全であるということをしっかりと発信していきたいと思っています。  一方、この10年で国民の防災への意識は大きく変わりました。今後予想されている大震災や津波の被害に備えて各地で様々な訓練が行われており、地震保険の加入率も上がっていると聞きます。  ただ、東日本大震災自体への国民の関心が薄れていることは心配です。2万人を超える死者・行方不明者が出たという事実は、とても大きなことです。節目ごとに当時を思い出し、今後の対策を考え直す機会にしていかなければなりません。<読売新聞 2021年3月9日付>

注)食品の放射性物質 国は東日本大震災後の2021年4月、食品中の放射性セシウム濃度の新たな基準値を設けた。野菜や米などの「一般食品」は1キログラムあたり100ベクレル、「乳児用食品」「牛乳」は同50ベクレル、「飲料水」は同10ベクレルと定められている。

東日本大震災復興加速化本部のプロジェクトチームで、食品等の出荷制限の合理的なあり方に関する提言をまとめました。

東日本大震災の後、食品の中の放射性物質から国民の健康を守るため、基準値の設定や出荷制限が行われてきました。震災から10年がたち、様々な知見やデータが集積されています。これらを踏まえ、消費者の保護を大前提としつつ、食品の基準や出荷制限が合理的なものか検証すること。きのこ原木などの生業の回復を図るため、里山を計画的に再生すること。消費者の理解促進に向け、情報発信やリスクコミュニケーションを推進すること。などが盛り込まれました。消費者の安全と福島復興の両立は、決して不可能ではありません。

プロジェクトチームでまとめた提言を、平沢復興大臣にお渡ししました。現在、食品に含まれる放射性物質についての我が国の基準は、欧米の10倍の厳しさ。その基準は、口にする食品の半分が基準値の放射性物質を含んでいても、人体に悪影響はないというものです。

震災から10年たって、さまざまな知見、データが積み重なっています。それらをもとに、私たちが安心・安全に食品を口にできる基準について、もう一度検討してみる必要があるのではないでしょうか?