
道路特定財源にかかる暫定税率などを定めた税制関連法は、56年ぶりとなる憲法59条の「みなし否決」の規定により、4月30日の衆院本会議において再可決され、成立しました。さらに道路特定財源を来年度から一般財源化することを閣議決定した上で、本年度の道路関係の予算を執行する上で欠かせない道路特定財源特例法が、こちらは参議院で否決された後、翌5月13日に、衆議院の衆院の3分の2以上の多数をもって再可決されました。
暫定税率の歳入を見込んだ上で、国も地方も、本年度の予算、すなわち歳出額を既に決めています。暫定税率がなくなれば、その分の歳入が不足しますから、すでに決まっている事業を中止するか、借金するかしかありません。その額は国において1・7兆円、地方において0・9兆円に上ります。さらに地方には、暫定税率の中から0・7兆円の交付金が支給されていますから、その分も併せれば地方においては1・6兆円もの歳入が足りなくなります。これまで、ほとんどの地方では、道路特定財源だけでは道路予算が足りず、一般財源や借金も入れて、道路事業を進めてきました。その借金を返さなくてはなりません。戦後に作られた道路は次々に改修の時期を迎えています。地方自治体がこの必要最低限の二つ、借金の返済と道路の維持・補修だけしかしないとしても、暫定税率がなくなると、年間3・4兆の歳入が不足します。このような状況を冷静に考えれば、少なくとも本年度については、暫定税率を復活し、国でも、地方でも、決められた予算がきちんと執行できるようにすることは、政治の責任です。
私は政治の責任とは物を決めること。期限までに意思を決定することだと思います。その意味で、今回の56年ぶりの「みなし否決」の持つ意味は極めて大きいと言えます。みなし否決とは、衆院が可決した法案を参院が60日以内に議決しなければ、衆院は参院がその法案を否決したものとみなすことができるという、憲法59条の規定です。今回この規定が使われたということは、衆院で暫定税率の維持を決めてから60日間、参院は自分の意志を決めることさえ放棄してきたということです。参院の多数は民主党が持っているのですから、暫定税率の維持に反対なら、堂々と否決すればいい。60日にもわたり、賛否さえ決めることができない「院」がはたして必要なのか、という参院不要論が出てくることは当然です。その批判をうけ、民主党は態度を一転し、財源特例法については参院で否決されました。これにより、二度続けてのみなし否決との事態は回避されましたが、重要な法案を二ヶ月間にわたって審議せず店晒しにした上で、59日目にいきなり否決するという民主党の対応は、場当たりといわざるを得ません。
そもそも、この道路財源の議論において必要なのは、「真に必要な道路」とは何か、という問題です。批判の多い政府の中期計画ですが、少なくともどの道路をいつまでに作るかは明示されています。ですから、民主党が「計画に無駄がある」というなら、どの道路を作るか、作らないのか。どの位のコストをカットするのか。そういう具体的な議論を積み上げなくてはいけない。その結果として、作るべき道路が決まり、それに必要な費用が決まり、それに必要な税率が決まる。それが冷静な議論というものです。ところが、民主党は、そんな議論なしに、ガソリン税を下げることばかり言って、世論の支持を得ようとしました。誰だって税金は安いほうがいいに決まっています。しかし、皆さんに負担して頂く税金とは、未来への投資です。いま苦しいからといって、未来への必要な投資を怠れば、そのツケは子供達の世代が払うことになります。それで本当にいいのでしょうか。民主党内にもそういう冷静な意見も存在します。ところが、いまの民主党はバラバラです。だから党内がただ一つ一致できる点、すなわち福田内閣を倒すという一点でまとまるしかなかったのです。
民主党がはっきりと倒閣に、政局に舵を切った以上、民主党は与党案には賛成しない。それでも、民主党が賛成しなければ、どんな法案も国会を通りません。それが現実です。ではどうするか。国会の各委員会に与野党協議の場をつくり、現実的な議論を積み上げていくしかない。私も金融国会などを通じ培ってきた、様々なパイプを通じて、税や年金といった与野党が一致してあたるべき問題、政争の具にしてはならない問題について、与野党で勉強会を開いています。民主党の議員も、「このような議論を積み上げ、それを両党の執行部に突きつけていく。そのための努力を一緒にしましょう」と、積極的に議論に加わってくれています。真摯に政策を議論すれば、溝は必ず埋められます。
その第一歩が道路特定財源の一般財源化です。本年度については道路財源の暫定部分を維持し、歳入の不足を最小限にとどめる必要があることは、既に申し上げました。その上で、福田総理が決断された一般財源化を、何としても実行しなければなりません。総理の言葉が反故にされれば、それは与党にとってだけではなく、政治全体にとっての自殺行為だからです。これは、まさに年末へむけての税の議論になります。一般財源化するなら、車を買う人、車を持っている人が、なぜ他の人よりも高い税を負担しなければならないのか。それを説明する必要があります。民主党が言うように車は「ほとんど」全国民が持っているから、などという大雑把な話は、税の世界では通用しません。道路への負荷と全く切り離した税として再構築するのか。全く切り離すことは無理としたら、道路との関係をどう説明するか。いずれにせよ、これまでとは違う性質の税になる。そういう意味では、特定財源の一般財源化という言葉に矛盾があるとさえ言えます。この議論は、環境・担税力などに着目した、新税の創設と等しい議論です。その時には環境税というのも有力な選択肢になりうるでしょう。
中期計画にあわせて設けられていた暫定税率も、根拠を失います。中期計画そのものさえいらなくなるかもしれない。暫定ではなく本則税率とするなら、その水準はどの位であるべきか。自動車ユーザーやメーカーから批判の強い、車に関する税を簡素化し、消費税との二重課税の問題も検討する。さらに、現在の地方道路整備臨時交付金制度は特定財源だからできることで、一般財源ならそれに変わる仕組みを作らなければなりません。不交付団体である、東京や愛知をどう救うか。議論すべきことは山のようにあります。相手の案にケチをつけるのは簡単です。しかし、与野党を問わず、我々政治家には21世紀の我が国にふさわしい税制のあり方を考える責任がある。政局の為に税制をいじれば、そのツケを負うのは国民です。政局ではなくて政策論として、税制のことを分かっているメンバーで、年末の抜本改正にむけ、しっかりとした議論を積み上げていかなくてはならない。先ほども言ったように、政治の責任とは期限までに物を決めることです。今年の抜本改正の中でこの問題に決着をつけること、そのための枠組みを作ること、それがいま求められているのです。

