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テロ特措法が衆議院を通過し、いよいよ議論の舞台は民主党が多数を持つ、参議院の場へと移ることになりました。そもそもこの法案は、私が政調会長として自民・公明両党に当時の官邸も加えて練り上げたもので、あの安倍総理の辞任のまさに前日、都内のホテルで深夜一時までかかってようやく合意した原案がベースとなっています。

日本を取り巻く北東アジアの情勢は、北朝鮮の核の不安定化、中国の台頭など厳しさを増しています。そんな中で日本が何をするのか世界の眼が日本に注がれています。さらには「金だけ出して、汗をかかない」と世界中から白い目で見られた湾岸戦争の教訓を考えれば、世界が一致してテロと戦っているさなかに、日本だけが何もしないで済まされるはずはありません。政権が誰の手にあろうと、政治体制がどうであろうと、安全保障や外交といった、国の基本的な存続にかかわる問題に停滞は許されませんし、それを政局の具にして、政権を倒すために使うなどということはあってはなりません。そのためにも、自民党と民主党が真剣に、いま国のために何をなすべきか、自説に固執することなく話し合い、譲るべきは譲って、合意を形成する努力を払うことが必要なのです。

政党間の協力とは、そのような努力の積み重ねです。10年前の金融国会の際、私はそれを身をもって経験しました。政党の垣根を乗り越え、主義主張の違いを克服して、国家の未曾有の危機に共に当たることで、金融再生法を成立させ、日本発の金融恐慌を水際で回避することができたのです。テロに対する戦いについても、同じように議論を尽くせば必ず成案を得ることができるはずです。国民生活に重要な影響を及ぼす予算や予算関連法案も同じです。そして、そのような政策協議の積み重ねの結果、自民・民主両党の間に十分な協力体勢、信頼関係ができていけば、その先に部分連合や閣外協力、あるいは連立と言った選択肢もありうるでしょう。今回の「大連立」構想が国民から受け入れられなかったのは、そのような地道な努力の積み重ねなしに、いかにも唐突に「大連立」と言う言葉が持ち出されたことに原因があるのではないでしょうか。

今回の党首会談の後の、小沢党首の辞意表明、撤回という民主党のどたばたを見るにつけ、私は「アナログとデジタルの違い」を感じました。それは自民党の執行部に身をおき、安倍総理の辞任から、総裁選、福田内閣の誕生を間近で見つつ、瞬時に物が決まり、刻々と状況が変わっていく状況を、一瞬の内に判断を下し、それを一度でも間違えば、大きく変化する政治の厳しさを身をもって感じていたからです。それはまさに黒か白かの二者択一を要求される「デジタル」な政局でした。安倍総理は激務の続く中、自らの体力がどこまで持つのか、総理と言う激務にいつまで耐えられるのか、ぎりぎりの選択を迫られました。総理が自身の限界を意識されたのは、本会議場で誰よりも熱意を持って実現にかけてきた洞爺湖サミットの部分を読み飛ばしてしまった時ではないかと、私は思います。そしてそれを、麻生幹事長にだけその日の役員会の後で話された。総理の出処進退という、余りにも重い出来事を、幹事長は一人の胸にしまいこまれた。そしてそのことがその後の政局に大きな影響を与えた。切れ目ない緊張の中で、瞬時の判断を迫られ、それを間違うことのできない厳しさが、政権与党である自民党には存在します。福田政権の樹立を間近に見ながら、私は、それを改めて実感しました。

それに対して、今回の民主党の対応は「アナログ」そのものでした。時計の針が戻るといいますが、まさにアナログ時計の針が行きつ、戻りつしながら、動くのを見るようでした。小沢党首は参議院選挙には勝ったものの、党内的には大きな行き詰まりを抱えていました。国連中心主義の下での国際貢献というかねてからの持論を唱えても、党内には反発が強く、持論も展開できない。その後の小沢党首の発言を見ても、あの「ぶれない」ことが持ち味の小沢党首が明らかにぶれていました。公衆の面前で、アメリカのシーファー大使に礼を欠く振る舞いに及んだことで、アメリカのトラの尾を踏んだ、と言う人も、アメリカの包囲網が小沢党首に近づいていたという識者もいます。いずれにせよ、何かを動かさないといけないというあせり、それが今回の党首会談につながったのではないでしょうか。小沢さんにとって、現状を打開できる党首会談はまさに渡りに船だった。私は小沢党首から大連立を持ちかけられたのだと思います。また、連立後の閣僚ポストの話まで持ちだして党内の説得にあたろうとした。小沢総理なら連立を受けた、との菅代表代行や鳩山幹事長の発言を聞いても、民主党の執行部も連立についてある程度知っていたにもかかわらず、役員会では誰の賛成もなく、連立構想は否定された。だからこそ小沢党首は自分への不信任と認識したのでしょう。小沢党首はむしろデジタルな、二者択一の政治家だったと思います。昔であれば一度口に出した以上、辞任していたと思います。それができない、許されないアナログ的な暗部が民主党にあることが明らかになりました。

デジタルとアナログの違い、それはすなわち、現在の両党の違いです。政権を担当する党として、一瞬の判断の迷いをも許されない厳しさ。その厳しさに直面しているか否かが、すなわち与党と野党との違いなのです。耳ざわりは良くとも財源の裏打ちのない政策を並べる民主党に、その厳しさはのぞむべくもありません。責任政党として、できることだけを言い、言ったことは必ず実行する。そのことを改めて肝に命じて、今後とも政治にあたっていきたいと思います。

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