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8月中旬、シンガポール国際財団のTEMASEK・PROGRAM(テマセック・プログラム)による招待を受け、シンガポールを訪問しました。TEMASEKとは、シンガポールの古い呼び名で、テマセク・プログラムは、日本をはじめとするアジア太平洋諸国とシンガポールとの絆を深めるため、若手政治家をシンガポールに招待するものだそうです。

一昨年の9月、行革担当大臣当時に訪れ(このときの模様はこちらへ)、道路料金の自動収受システム(ERP)や、コンピューター化された港の無人荷役システム(PSA)を視察し、その成果を、ETCの普及促進、スーパー中枢港湾の育成に活かしてきました。

今回は、それ以来の訪問でしたが、14年間首相を務めたゴー・チョクトン氏からリー・シェンロン氏に政権が移る、まさにその日に居合わせることができ、再び都市国家に学ぶ、大変有意義な訪問でした。

シンガポール・コーストガード視察

今回の訪問のメインテーマはテロ対策。国土交通大臣として、鉄道、空港、港湾などにおけるテロ対策は、私にとって最大の懸案の一つです。テロ対策の強化で皆さんにご迷惑をおかけしているかもしれませんが、安全は何物にも変えられません。更に、わが国へのテロは、国内とは限りません。国の外にもわが国の生命線は存在します。今回の訪問地、マラッカ・シンガポール海峡はまさにその一つ。

そこで、今回の訪問では真っ先に、ポリス・コーストガード(警察沿岸警備隊、日本で言えば海上保安庁にあたります)本部を訪れ、小型警備艇でマラッカ・シンガポール海峡の航行船舶の実情を視察しました。我が国に輸入される原油の8割はマラッカ・シンガポール海峡を通過します。また、一年間に海峡を通過する船の6分の1にあたる、約1万隻は日本船です。しかし、近年は海賊が横行し、昨年は30件だった海賊被害が本年は前半だけで既に27件。日本船も被害を受けています。我が国はマラッカ・シンガポール海峡において、海峡を利用する国としては唯一、航路標識の整備・維持管理に早くから協力してきました。

もし、この狭い海峡で大きな事故やテロが起きれば、我が国の経済は大きな打撃を受けます。しかし、その海峡を守る3ヶ国、シンガポール、インドネシア、マレーシアのうち、コーストガードはシンガポールにしかありません。そこで、日本の海上保安庁では、各国のコーストガードとの共同訓練や、海上犯罪の取締に関する研修、我が国の海上保安大学校への留学生の受入れなど、様々な協力を行っています。

また、この10月には、東京湾周辺海域で、PSI(Proliferation Security Initiative:大量破壊兵器等拡散に対する安全保障構想)海上阻止訓練を実施します。この訓練は、これまで世界各国で10回実施されましたが、アジアでの開催は初めてです。PSIとは、大量破壊兵器やミサイル等の違法な輸送を、各国の連携のもと取り締まろうとするグローバルな取り組みで、我が国は発足当初から積極的に参加してきました。この10月の訓練には、できる限り多くの国々から参加してもらいたいと考え、今回シンガポール政府にもお願いしたところ、艦船の参加はできないものの、コーストガード幹部が参加されるとのお返事を頂きました。

また、今回のポリス・コーストガード本部では、不審船対策のための機銃掃射シミュレーターなども体験させてもらいました。装備の面でも相当に充実しているようです。なによりも、海の安全を守ろうという隊員の皆さんの士気は大変高く、我が国の重要なシーレーンの守りについて、両国のコーストガードの交流を、より密接なものにしたいと思っています。

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リー・クワンユーさんと語る

また今回は、まさに政権交代のその日であったにもかかわらず、リー・クワンユー内閣顧問(元首相)、ゴー・チョクトン上級相(前首相)、ジャヤクマール副首相、コー・ブンワン健康相(元・ゴー首相秘書官)という方々とお会いすることができました。そのなかで、何と言っても印象深かったのは、シンガポール建国の父、リー・クワンユー内閣顧問です。

これまで、リー・クワンユーさんといえば、私にとっては世界史の教科書の中の存在でした。今回、初めてイスターナと呼ばれる大統領官邸でお会いすることができました。マレーシアからの独立以降、31年間にわたり首相を務め、今日のシンガポールの繁栄の礎を築いたのは余りにも有名な話ですが、81歳ながら、その経験と世界観に裏打ちされたリー・クワンユーさんとの会談は私にとっても、忘れられないものとなりました。

実は、シンガポール訪問前に、リーさんの自伝を読みました。生い立ち、マレーシアからの独立、そして首相として取り組んだ様々な事柄。この本は、現在のシンガポールの繁栄を当然と受け取っているシンガポールの若者に対する警世の書として書かれました。その中で、リーさんは我が国に関して、「日本は大戦で灰になったが、1960年までに回復軌道に乗った。困難に打ち勝つ不屈の精神、工夫する力、結束力に感銘を受けた。日本人は恐るべき人たちであり、逆境に打ち勝つために国全体として思い切った決断をする」、また「日本は今、重大な挑戦をしなければならない。この50年間の成功モデルは、もはや通用しない。日本にはアメリカのように、不必要な部分を切り捨てる大胆さはない。終身雇用、年功序列といった企業文化を変える必要があり、時間がかかるだろうが、日本は再び競争力を得るだろう」などと述べられています。

そこで、今回のリーさんとの会談では、わが国に対する認識についてまず伺いました。リーさんは「今後、日本はアジアにおける新たな均衡づくりに貢献できるはずです。そのために日本が持っているカードとは、日本国民のエネルギー・そして統一性、そして日本の産業の力です」とおっしゃいます。これは日本が、今後アジアにおける新しい均衡とは何かを長期的な視点に立って考えるべきだという、重要なメッセージです。またリーさんは「アジアでは、今後、中国が大きな要素ですが、その中国も変わっていくでしょう。28年前に初めて中国を訪問した時とは、もう既に全てが変わっています。あと30年もすれば、中国は更に大きく変わります。アジアは、しょせんヨーロッパにはなれません。今後、アジア独自の新しいバランスを見つける必要があるのです」ともおっしゃいました。この言葉に私は、小泉総理の「日本とアセアンは、共に歩みともに進むパートナーだ」との演説を思い浮かべました。日本は、ただ自ら一国のことだけでなく、東アジア全体の安定と繁栄を目指した協力を進めていかなければならないと強く感じました。

そして、最後にリーさんはこう言われました。「自らの経験は後世に伝えるべきですが、それは大変に難しいことです。他人の経験を聞くことはできても、実際に体験することはできないからです。しかし、何もかも覚えているのがよいかといえば、また、そうではありません。」と。この一言は、欧米、日本、中国、アセアン諸国との狭間の中で、小国シンガポールを今日の繁栄に導いた歴史の証人の言葉として、強い意志の力をたたえたリー・クワンユーさんの瞳と共に、私の心に深く刻まれました。

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ニュー・ウォーターって?

シンガポールならではの経験としては、ニューウォーターセンター視察があります。ニューウォーターって、皆さん、聞いたことがありますか?

シンガポールは、東京23区とほぼ同じ大きさの島国です。雨は多いのですが、貯水能力に乏しく、水源となる川もありません。そこに400万人以上の人々が暮らし、水不足は常に深刻な悩みです。シンガポールは国内で必要な水の半分を、隣国マレーシアから輸入しているのです。これは、いわば国家の命運に関わる問題ですから、シンガポール政府は水源の開発を積極的に進めています。そこで登場するのがニューウォーターです。ニューウォーターとは、下水処理場で処理した水に、更に3段階の浄化処理を施して、飲用が可能なまでに高度処理した水のことです。現在は主に産業用に使われているニューウォーターですが、水道水にも既に1%が混ぜられています。将来的には、その比率を2.5%に高めることが計画されています。そのため、政府ではニューウォーターを口にすることへの心理的抵抗を減らす努力が行われています。国内各地で説明会を開催したり、首相をはじめとする閣僚がニューウォーターを口にする様子をメディアに流したり、実際にペットボトルを頒布するといった努力が繰り広げられているのです。

2002年には、マレーシアからの導水管がテロの標的になり、シンガポール内務省の摘発で未遂に終わるという事件も発生しています。シンガポールにおける水問題は国の安全保障上の問題なのです。水に恵まれたわが国ですが、水資源を担当する国土交通大臣として、「水」の重要性を改めて感じました。

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シンガポールの住宅事情

このほか、住宅政策でも興味深い体験をしました。シンガポールでは、公団住宅の分譲による持ち家政策を取っていて、国民の8割以上が公団アパートに住んでいます。実際に、あるお宅にお邪魔しました。広さはいわゆる3LDK。2世帯でも十分OK。土地のないシンガポールならではの政策、と感心しましたが・・・実は他にも重要な目的がありました。

それは、「民族の融和」です。シンガポールは、中国系、マレー系、インド系など、多くの民族が住む多民族国家です。マレーシアからの独立後、民族間の争いが治安の悪化を招いたり、経済成長・近代化を妨げることが心配されていました。そこで、民族ごとに住む地域が分かれてしまわないように、公団住宅の建設と、人口の割合に応じた割り当てを行っているのだとか。さらに、国が人民協会を設立し、民族を問わずに職業を紹介したり、育児所を経営したり、行政相談、ボランティア活動などを実施しています。多民族国家ならではの政策を垣間見ることができました。

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政治のホームドクター、ミート・ザ・ピ-プル・セッション

それから、一人の政治家として大変興味深かったのは、ミート・ザ・ピープル・セッションという政治活動。シンガポールは、人民行動党(PAP)が政権与党で、84の国会の議席のうち82議席を占めています。そのPAPの議員は、毎週金曜日に、選挙区民と1対1で向かい合って相談を受けるのです。その集まりがミート・ザ・ピープル・セッションです。

実際のセッションに立会わせてもらいましたが、まさに、政治のホームドクター、町のお医者さんという感じです。例えば、「家賃が払えなくて困っているが、支払いを伸ばしてもらえないか」という悩みには、議員が「自分の支援母体のNPOの基金から貸してあげましょう」と答えるといった具合。シンガポールの人口は360万人ですが、そこには84人もの国会議員がいます。日本より格段に議員数が多いこの国ならではの試みです。ちなみに私が訪れた選挙区の有権者は1万5千人。そういった国の規模の問題もあると思いますが、週1回、直接対話が行われているのは驚きの一言。そして、国会議員のこの活動を支える地元組織を、Grass Root Comitteeと言うそうです。まさに、「草の根委員会」。私が訪れた選挙区では、毎週金曜に夜中すぎまでセッションが繰り広げられるのだとか。シンガポールの草の根政治を体感しました。

交通の要所であるという自国の置かれた条件を活かし、貿易や金融といった世界と競争する分野を伸ばす。そのためは農業や、そして、ある程度の生活の自由さえ諦め、それは仕方がないことだと割切る。常に世界に先んじて変化しようとする気概を持った国、シンガポール。夏休みを利用しての駆け足の訪問でしたが、一昨年に続き、シンガポールという都市国家に、多くを学んだ訪問でした。

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