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ERPとPSA ─シンガポール訪問記─

日本では現在道路関係四公団の民営化の議論の真っ只中ですが、民営化の参考になる面白い例がシンガポールにあると聞いて、早速、勉強のため、委員会の審議の合間を縫い、9月の週末にシンガポールに出かけてきました。

その面白い例というのはERP、エレクトロニック・ロード・プライシング・システムのことです。直訳すれは「自動道路料金課金システム」とでも言うのでしょうか。日本では一般道は無料、高速道路は有料、が当たり前ですが、シンガポールは違います。都心の一定地域に限り、そこに入る車は所定の「入場料金」を払わなければなりません。都心の渋滞を緩和するために、都心に入る車の量を少しでも減らそうと考えられた仕組みです。そのため、以前は都心の「制限地域」に入る全ての道に検問所を置いていました。都心に入ろうとする車は事前に一定の料金を払ってステッカーを買い、それをフロントガラスに貼らねばなりません。そして、検問所でチェックを受けた車だけを通していたのです。それをIT化したのがERP、エレクトロニック・ロード・プライシング・システムなのです。検問所の代わりにガントリーと呼ばれる電子ゲートを置き、車にはトランシーバー位の大きさの車載器を積み、ガントリーの下を通る車から自動的に料金を徴収するのです。

このシステムを受注したのは、日本の三菱重工業。一番苦労した点は、と聞くと担当者の方は、実際に車を走らせてテストしたことです、とおっしゃいます。何と、シンガポール政府はERPシステムの導入にあたり、高速道路の一部を閉鎖し、そこに本物のガントリーを設置。その上で、乗用車、バス、トラックから、オートバイにいたるまで様々な車を実際に走らせてテストしたのだそうです。その数述べ430万台。シンガポール政府の規格では、課金ミスは10万台に1台以下しか許されません。ところが最初の実走試験では1万台に1台のミス。泣く泣く数千台の車載器を廃棄し、新たに作り直したそうです。そのかいもあって、最終試験では見事合格。ガントリーの下を通った430万台のうち、課金ミスはたったの3回。100万分の1以上の精度を実現し、実用にこぎつけたのだということ。日本企業の技術と努力には、頭が下がります。

技術者の苦労と同時に、政府がとったのは車載器の普及促進策。最初の一年間は車載器を無料で配りました。その後も費用は取り付け費込みで約1万円。いまや160万台の車にこの装置が取り付けられています。普及率は100%です。これに比べると、日本の自動料金収受システム、ETCの普及率は0.6%、約46万台、価格は3〜4万円。もちろんERPとETCは全く違います。シンガポールでは車載器の取り付けが義務化されており、これがなくては都心に入ることができません。これに対し日本のETCは高速道路を通る時に使うためのもので、取り付けも義務ではありません。当然、二国間の比較はできません。しかし、日本の普及のスピードを見ていると、政府が、もう少し積極的に普及を促進する策を考えるべきではないか、と痛感しました。なぜなら、この様なシステムは一定の割合を超えて普及が進むと、様々な利用方法が可能になるからです。

一例をあげましょう、ERPの料金は実は固定ではありません。3ヶ月ごとに見直されています。それも、誰かが勝手に決めているわけではなく、一定の条件をもとに機械的に決められるのです。ベースとなるのは、都心における平均時速です。平均時速が一定以下、つまり渋滞がひどくなると料金を上げ、その逆だと下げるわけです。その上、渋滞のひどい時間帯と、そうでもない時間帯で料金が細かく分けられています。この様なきめ細やかな料金設定は、コンピューターによる自動システムだからこそ可能なのです。人間による料金所が残っていては、一体いくら料金を取るのか、時間と手間がかかり、事実上不可能です。だからこそ、全ての車にこのシステムを取り付けることが不可欠なのです。日本でもこのシステムを応用すれば、いろいろなことが可能です。例えば、首都高速を通る全ての車がETCを積んでいれば、時間により、距離によりきめ細かく料金を設定できます。一区間乗っても、全区間乗っても同じ料金、というような不合理もなくなり、渋滞の緩和にも役立つでしょう。シンガポールでは更にこのシステムのためのカードを、他の用途にも利用しようとしています。公共のバスや地下鉄、駐車場などでも使えるカードを、自分の車についたEPRに差し込めばそこから通行料も差し引かれる。そんな新しい用途も広がるのです。

もう一つ、興味深かったのは、シンガポールの港湾を運営している会社です。もともと政府の下部組織として発足し、いまはPSA、ポート・オブ・シンガポール・オーソリティーという株式会社になっています。近々、上場も予定しています。日本の淡路島くらいの、狭い国土しか持たないシンガポールでは、ほとんど自前の産業はありません。食料品もほとんど自給できず、水さえも隣国から輸入しています。そんな小国、シンガポールが生き残りをかけて選択したのは、貿易立国。国際物流の中継基地としての国おこしでした。その中心が港。いかに効率よく港を運営し、いかにコストを下げ、いかに国際競争に勝ち残るか。その一点にこの国の運命がかかっているといっても過言ではありません。その中心を担うのがPSAなのです。

そのキーワードは徹底した効率化。その一点に尽きます。いま述べたように、シンガポールは物流の中継基地であって、最終目的地ではありません。ほとんどの貨物はこの国で一端荷揚げされた後、様々な国へ向かって再び運び出されます。そこで求められるのは、船から荷物を下ろし、目的地ごとに分類し、保管し、改めて積み直し、出航させること。これを一秒でも早く、一人でも少ない人数で、正確に行えば行うだけ、貨物一つあたりのコストは下がり、料金を安くすることができ、国際競争力をつけることができます。実際に港に出てみると、見渡す限りの広いコンテナヤードに、巨大なクレーンが立ち並び、ほとんど人影は見えません。全てのクレーンはコントロールルームからコンピューター制御され、すさまじい速さで巨大なコンテナを所定の場所に運んでいきます。もちろん一日24時間、365日フル稼動、年中無休です。

いかに効率化するか、というのは、見方を変えれば、既存の施設をいかに最大限使うか、ということです。港にはそれぞれ何箇所かのバース、船が横付けされる場所があります。日本の港では、バースが空いていないために、港に入れず、海の上で待っている船を良く見ますが、ここではそんな事はほとんどありません。よっぽど沢山のバースがあるのかと思い、責任者に伺うと、そんなに沢山バースを作ったら、いつもガラガラになる。船主はいつでも入港できて喜ぶだろうが、私達にとっては、空いているバースがあるということは、無駄があるということで、そんなことは許されない。必要最低限のバースを、最大限に活用するのだ、という答えが返ってきました。以前、ある日本の特殊法人の幹部に同じ事を聞いたとき、彼はこう答えました。この施設において、24時間通してみれば、まだまだ空きがある時間帯もあるが、利用者が集中する時間帯はもう満杯で、新たな利用者を受け入れられない。だから、もっと施設を拡張するのだ、と。なんと言う違いでしょう。現場を預かる組織が、どのような形態であれ、このようにはっきりとした意識があれば、無駄は省けるのです。

その後の、リー・シェンロン副首相との意見交換の際にも、副首相は同じことを述べられました。「わが国にも、日本の特殊法人にあたる組織は数多くある。その改革も進めている。ただし、大きな赤字を抱える日本の特殊法人とは違い、わが国の組織はきちんと仕事をして、利益を上げ、税を払い、国に貢献している。」と。翻って、わが国においては、「公益」という看板がつくと、採算は度外視するのが当然だ、儲からなくて当たり前だとなりがちです。公益の名のもとに余りに多くの無駄が許されてきたのではないか、改めて感じています。それらを一つずつ抜本的に見直し、効率化することが、私の役目であり、行革の本質なのです。

これまで様々な国に行って、様々な行革の現場を見て感じたことを、今回も痛感しました。それは、行革というのは当たり前の努力を一つずつ積み上げていくことだ、ということです。そして、既にそれに挑戦し、実現している国が世界中には沢山あるのだ、ということです。彼らにできて、我々にできないはずはありません。21世紀に日本が蘇るためには、避けて通れない道であるこの行革の道を、一歩ずつ確実に進んでいくことが、我々の子供達に、到底払えないような借金のツケをまわさないことにつながるのです。

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