政策

社会保障

● ナショナルミニマムと自助努力

写真:石原のぶてる

少子・高齢化社会の本格的な到来を目前に、これまでの社会保障制度を今後も維持するために必要な社会的コストは莫大な物になる。現在のままのシステムで、そのコストを現役世代による負担によりまかなおうとしても、とても背負いきれない。だからこそ、皆が自分の将来に不安を抱くのだ。相互扶助の精神を中心としてなりたつ、現在の年金システムは曲がり角に来ている。

その解決肢の一つである確定拠出型年金制度は導入された。これまでの年金は基本的に、まず物価スライドなどによって支給額を決める。次にそれに支給の対象となる人数を掛けて、全体の必要額を決める。それを現役世代の数で割って、一人当たりの負担額が決定される。言い換えればまず支給額ありきのシステムである。給付額を先に決め、その額によって負担額が変わることから、このシステムを確定給付型とよぶ。これに対して、現在私たちが議論している確定拠出型年金は、まず負担の額、つまり拠出額を確定する。例えばある個人が月額いくら年金を払うかを決める。そしてそれを一定以上の期間積み立てて、将来それを年金の形で分割して受け取る。同じ額を積み立てても運用の仕方によっては、各人の受け取る額は当然変わってくる。これが確定拠出型年金だ。

この他、公平と言うことを重視するのなら、現在の基礎年金部分を税に依ることも考えられる。つまり、現役世代が収入に応じて負担をし、年金を支えるのではなく、税によって支えるのだ。例えば極端な例を考えれば、一年間の消費税を、その年に年金をもらう人の数で頭割りにし給付する。もらう額はその年の景気に左右されるにしても、公平ではある。相互扶助の精神が失われると言う意味で、社会的に問題はあるが、このような選択肢も含め、幅広い議論を行うべき時期に来ている。

国民が多く負担をして、手厚い社会保障を受ける「大きな政府」か? それとも国が行うサービスは最小限にとどめ、負担も最低限にとどめる「小さな政府」か? 国民にその選択を問わねばならない。私自身は、例えば、自動車における自賠責保険のように、国の保障は最低限にとどめ、個人は任意保険を上乗せするのが、日本人の国民性にはあっていると思う。「小さな政府」による最低限の社会保障を行い、国は個人の自助努力を税制などでサポートする。その最低限のサービスでは暮らしが営み得ない人に対しては補助金の形で援助する。それが日本には適している。いずれにせよ、これまでのような高度成長から安定成長の時代に入り、少子・高齢化という社会構造の激変に直面している我が国にとって、年金改革を中心とした社会保障制度の改革は待ったなしの状況であることは間違いない。

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