政策

日米安全保障

● 現実を想定した議論を

写真:石原のぶてる

冷戦が終結し、超大国の対決よりも局地的な紛争の可能性が高まり、日本を取り巻く状況も変わろうとしている。北東アジアの状勢は経済的な要因も重なり、不安定な状態が続いている。そんな中、日米安全保障体制の今後のあり方をもう一度一から見直す必要性が指摘されている。確かに日米安全保障体制があったおかげでこれまで日本が歴史上、類を見ない経済的発展を遂げることができたことは事実であろう。しかし、世界情勢がここまで大きく変わった以上、その役割も変質せざるを得ない。日米安保の範囲で、自衛隊は何ができて何ができないのか、また何をすべきで、何をすべきでないのか。政治はこのような問題について、国民に広く議論を求めるときに来ている。

またこれまで日本外交の基本であった国連中心主義にしても、本当の意味で国連を中心とした外交活動を展開するためには、安保理への加盟の是非やそのためのロビー活動の方向性、国連に対する拠出のあり方やその金額、日本人スタッフの増員などがもっと真剣に検討されるべきだ。

このような問題を議論する際に忘れてはならないことは、何が国益に一番寄与するのかという現実的なアプローチだ。憲法を改正すべきかどうかと問えば、多くの国民は即座に「ノー」と答えるだろう。しかし憲法九条をめぐる議論に象徴される、「憲法はいかなる理由があっても変えてはならない」といった感情的な議論からは何も生まれない。いま政治に求められているのは、「集団的自衛権はこれを保持すれども行使せず」と言った、抽象的な観念をもてあそぶことではなく、日本の周辺における有事に例を取れば、現状、局地的紛争になりうる可能性の高い、例えば朝鮮有事や台湾有事などといった、具体的なケースを想定し、それに基づいた議論を行うことだ。例えば、北朝鮮が38度線を越え、韓国に侵入し米韓がそれを迎えうっているといったような状況を仮定して、日本がそれを「対岸の火事」として静観できるのか、そのとき日本に渡ってくるであろう難民を受け入れるのか、負傷したアメリカ軍の兵士を誰が手当するのか、といった具体的な議論を積み上げ、それを国民に提示する。その上で、それぞれの場合に日本が取りうる選択肢を示した上で、国会で意見を集約する。一見時間がかかるようでも、そのような現実的なアプローチのもとに、国家の安全保障を考えることが、現在の日本において、この問題を考えるための唯一の方法である。

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