マスコミ語録

メディアに掲載された石原伸晃関連記事を以下よりご覧頂けます。

諸君! 4月号

やってくれたぜ、親父サン
変革への剛速球

銀行いじめは当たらない。
なぜか・・・
旧弊打破をもくろむ
入魂の一球のカゲ潜むものは・・・

親父、すいぶんと楽しそうにやってるしゃないか・・・・・・

東京都が大手銀行に対する外形標準課税の導入を発表しました。都議会のほぼ全会派の賛成をとりつけ、国や他の道府県に先んじての実現はほぼ決定的てす。いかにも父・石原慎大郎らしい施策です。「してやったり」とスタッフたちと祝杯を拳けている姿が脳裏に浮かびます。
また″電撃″発表たったことも本当に父らしい。マスコミや金融機関、都議、都庁の職員たち、そしてもちろん永田町にとっても、今回の発表はまさに青天の霹靂でした。特別私書二人と主税局長と父の四人だけで密かに進めたようてすか、都庁の情報朗詠の体たらくを一年間嘆きに嘆いてきたその体験を教訓とした電撃戦でした。
私にしても、完全に「してやられた」口です。
父が都知事として提案している債券市場構想では裏方として手伝っているのに、今回の件については何も知らされていませんでした。
しかも″銀行″に対する″税″なのに、です。
私は記者時代に売上税騒動や消費税導入の取材を通して税に興味を持ち、議員当選後もずっと税制を専門分野の一つとしてきました。大手銀行を中心とする金融機関の不良債権処理をめぐっては、一昨年の金融国会時の得難い経験を糧に、現在は党の金融問題調査会事務局長を務めています。その私に相談を持ちかけることも、導入の話を事前に ″それとなく話す″ ことも父はしなかった。
奇襲成功の鍵は機密保持ですから、いかにこの点を重視したのかがよくわかろうというものです。

なぜ外形標準課税なのか

とはいえ、法人事業税に外形標準課税方式を導入すること自体は、すでに国政の場でも検討の対象となっていました。政府税制調査会でも、また私で現在幹事を務めている自民党の税制調査会でもそうです。私か主筆を担当した党税調の平成十二年度税制改正大網にもこうあります。
「地方公共団体が、その果たすべき役割に応した独自の税財源の充実確保を図ることが急務となっており、法人事業税への外形梓準課税の導入をはじめ、地方分権を支える安定的な地方税体系の構築に取り組むこととする」
今年四月一日から地方分権法が施行され、これによって「通達」は廃止、中央官庁は法律の規定なくして、地方自治体に行政的な干渉、すなわち「助言」をすることができなくなる。つまり機関委任事務がなくなるわけです。たとえは金融機関の場合、信用組合は機関委任事務によって都道府県が検査監督していましたが、今度は国が一元的に監視する。逆にゴミ処理をはじめとした多くの行政サービスが地方自治体独自の財源によって賄われることになります。今、地方の自主財源は住民税、法人事業税、固定資産税と地方消費税などです。しかしこれだけでは地方の事業、行政サービスは到底賄えない。そこで外形標準課税を、という話が出てきているのです。
ではなぜ外形梓準課税なのか。
わが国では現在、六割を超える法人かいわゆる赤字法人ですか、赤字法人は地方公共団体の幅広い行政サービスを受ける一方で法人税をほとんど負担していない。中には、脱税するために計算書を加工する疑似赤字法人が相当数含まれている、とさえ言われています。このような不正は、外形標準課税方式の場合赤字でも黒字でも一定額を納税しなければならないわけで成り立たなくなります。また、この点を強調しなくとも、地方税の根本原則の一つである課税の応益性を考えれば、彼らの事業活動の規模に応じて受けた行政サービスの対価分の税を徴収する課税方式の導入は、税制として望ましい方向の改革だといえます。総論はよし、では外形基準と税率をどうするか、既存の事業税との併用はどうするの か、といった具体約な内谷をこれから詰めていこう、という矢先の都の発表となりました。
国は当節驚きを隠せませんてした。なぜなら、国としてこの課税制度を早期に実現化する方向で検討は進んているものの、商工会議所や商工会の反対もあり、先行き不透明な状況にあるからです。
また、それよりも大きいのは、国が現在、税制に関して重い課題をすでに一つ抱えていることてす。
それは、消費税の増税問題です。
今年の予算書の総則には、消費税の福祉目的税化が明確に記されています。社会福祉は年金、医療、介護という三つの柱から成り立っていますが、四月からの介護保険の導入で年々、高齢者を中心に増大する医療費の問題、さらに330万人の未納者を抱える国民年金問題等、財源不足は誰の日にも明らかてす。この状況下で「消費税を福祉目的税化する」と記したことは「不足分は消費税の増税で補填する」と宣言したようなものてす。ここ数年のうちにかならず消費税増税の話が出てきます。
その時に現行制度の抱える矛盾も同時に浮かび上がってくるのです。中小企業への配慮で、課税売上高三千万円以下の小規模事業者の消費税納税義務は現在免除されていますが、その免税対象額は引き下げなければならないでしょうし、逆に食料品などの生活必帝品を非課税にすることも検討対象となりますから、その場合どうやってインボイス(免税伝票)方式を導入していくか、こちらも問題となります。
このような変革がすでにして予期される。今、さらに外形標準課税を云々、ということは、理念はともかくとして、なかなか政治論としては成り立ちにくいのです。
その点、都は国よりもフリーハンドだったように思います。

新税構想の″戦略″とは

ここで父の打ち出した構想を支える戦略を、大きく三つに分けて説明しておきましょう。 まず、課税対象を大手鎖行に絞り、外形基準を業務粗利益というきわめて分かりやすいものにした、ということ。
そもそも「なぜ銀行だけに?」という疑問に答えられる正当な理屈は、税制の観点からはなかなか見つかりません。
しかし一般論として、なぜ大手銀行が納める法人事業税がこんなに減ったかといえば、自分たちが乱脈経営を行い、粉飾決算を繰り返すことで、結果として不良債権を膨大に抱え込んだからです。そしてその不良債権については、金融監督庁が厳しく内部監査するようになったため、貸倒引当金を以前よりもきちんと内部留保として積んでおかなければならない。業務純益は何千億円も大手都銀ベースで出ているけれども、金融監督庁が早期健全化措置の導入に伴って「早く不良債権の償却をしろ」と指導しますから、繰越欠損金が計上される。結局のところ課税対象所得がゼロとなり、法人事業税の額が全体としてガクンと下がってくる。
実は、この貸倒引当金、繰越欠損金の額が大きい企業については全て別枠で課税するという制度がアメリカにあります。代替ミニマム税(AMT)というものです。これは都の考えと理念的に重なり、理屈も通ってくる。さらに、同じような理由で大手流通業やゼネコン等も課税を逃れていますが、彼らはAMT的な税を課すことで倒産してしまう危険性が高いのに対し、大手銀行は収益もあれば資産もあるから少々税金を絞っても潰れない。そこに着目したのでしょう。
また、外形基準については国の税調でも四種が提案されており、しかも税率を何パーセントにするか、現在の法人事業税の課税方式をどれだけ残すのか、細部の調整を始めたらきりがないほどバリエーションがあります。どの方式が一番企業の「外形」を正確に反映した数字なのか、一概には判断できません。
そこで思い切って分かりやすいものを、ということで業務粗利益を基準としたのでしょう。

努力の足りぬ金融機関

次に、都民・国民の金融機関に対する悪感情をうまく利用した点。
身近な例を挙げますと、私の住んでいる東京都杉並区には某都市銀行の持つグラウンドがありまして、町の人が頼んでもまず貸してもらえない。だから「なぜ目の前にガランとしたグラウンドがあるのに使わせてくれないのか」と本当に素朴な疑問を抱いています。ならば週に一度、開放日を作って地域の人に使ってもらう、といったような小さな努力でもすればいいのに、努力といえば預金の時のティッシュなど粗品の域を出ない。金利の方は百万円預けてもニ、三千円。逆にバブルのときは借りたくもないお金を貸し付けられた 。
こういった身近な銀行への悪感情に加えて、公的資金をなぜ銀行にだけ入れたのか、といった行政に対する不満の蓄積も大きい。
公的資金の投入について規定した金融再生関連法の成立にあたっては、私も直接関わりましたので、この点については一言申し上げなければなりません。一昨年秋の金融国会で、私は日本の金融機関の処理のしかたについて、こう考えました。
お金は経済の血液です。そして金融機関は循環器の非常に重要な部位。ですから、不摂生が原因だとしても、ともかくもしそこで血の巡りが止まるようなことがあれば身体全体に血が回らなくなり、やがて体のあちこちに壊死がおき、遂には死へと至る。日本発の世界金融恐慌だけは、何とか避けなければならない 。
この思いがあったからこそ、一昨年秋の金融国会では、野党案との折衝の過程においても、弱体化した銀行への資本注入の仕組みを作ることだけは死守した、という経緯があるのです。ただ、あの時は何兆円という、国民が容易にリアリティーを感じることのできない額だったからそれほど批判が出なかっただけで、今回はよりリアルな「千百億円の増収」といったような身近な数字が提示された。だからこそ、「銀行も税金を納めるべし。悪い銀行は潰れてしまえ」といった世論が火を噴いたのでしょう。
そしてもう一つは、都市部の住民の税に対する不満、特に東京都の特殊事情に訴えた、という点です。私は都議会議員選挙の応援演説によく行きますが、その時に、所属政党を問わず候補者たちはよくこんな話をします。
「島根県には竹下さんという人がいるから、一人あたり40万税金を納めて、90万円分戻してもらっている。ところが東京都はどうか。こちらは、190万円納めているのに、60万しか戻ってこないんです」 このような演説は東京だけの流行りなのかと思って横浜に行くと、こんな文句が候補者のリーフレットの中に記してある。
「1兆2千億円税収があるのに3千億円しか戻ってこない。全部地方に行ってしまう。だから私は神祭川で集めた税金は神祭川で使います」これも公約になっています。つまり、地方交付税の配分率から生じる地方と都市部の負担率の格差が、都市部の住民に猛烈なフラストレーションを与えているのです。都の場合はさらに地方交付税も補助金もゼロ、なのに再建団体に転落寸前の財政状況というのはどう考えてもおかしいのではないかという意見がサイレント・マジョリティーの中に浸透し、やがて沈黙を破るまでになった。その彼らが父の後押しをしてくれた、とも言えるでしょう。
地方交付税の再配分制度の底流には、戦後の平等思想があります。しかしその制度は今や、時代と合わなくなってきている。持ちつ持たれつではなく、自主自立の気風で各自治体が進んでいくのが、地方分権法施行後の日本です。そこにいち早く日をつけたのが、父だった、ということになります.
父は今回の施策について「ヘッドスライディングのホームスチールみたいなもんだ」と評していますが、私は「ビーンボールだ」と記者の方の質問に答えています。
ビーンボールは危険な球てす。しかし、決してデッドボールではない。大リーグ中継で伊良部投手が投げているシーンを「ぶつけろぶつけろ。一回くらいぶつけたっていいんだよ」と身を乗り出して観ていた父が、今は自分が投手となって、バッター=銀行の胸元スレスレに剛球を放り込んだ。バッターは球の勢いに気押され、慌ててバットを振ってしまった・・・。
それにしても、家族がこんなことを言うとおかしく聞こえるかもしれませんが、父か都知事という職務に寝食を忘れて没頭している事に、驚きを禁じえません。そう思ってしまった根拠を、以下に列挙しておきます。
まず、父は今までの人生の中で、9to5(ナイン トウ ファイブ=午前九時から午後五時まで勤務すること)の生活をほとんどしていないということ。父は大学を経て東宝に入り、半年ほど後に助監督になりましたから、サラリーマノ生活はおそらく半年と経験していないはず。助監督ならばある程度手前勝手なことかできるし、ましてや作家生活かパンクチェアルであるはずがない。一年生議員のときは大変だったかもしれませんが、朝の部会から出席する私とは違って当選二回で大臣になってしまった″普通でない″人ですから、そういったものを飛び越えてしまっている。
私は子供の頃「親というものは週に二、三日家にいる存在なのだ」と本気で信じていました。その父が信しられないことに9to5どころか、朝七時半からの会議に元気に出席している。
それから「通勤」。
父は、通勤に時間を掛けることが本当に嫌いでした。何しろせっかちで、朝食会などがあると、その会の開かれるホテルに前日から泊まっていたほどですから。それが渋谷にある公邸も使わないし、新宿の、それこそ都庁の隣のホテルも決して使おうとしない。車ではあるけれと、自宅から一時間弱かけて都庁に通っている。父のような″普通じゃない″人がまあ″普通″なことをしている。
それから、煩雑な事務処理をこなしている、ということ。
都はミニ国家ですから、都知事ともなれは何百という案件を同時に決裁していかなければならない。その話をいろいろと全部聴いて、メモをとり、書類に○×をつけて、優先順位をつけて捌いているわけてす。また、土日にしてもいろいろな行事が入りますが、父はしっかり休む方なのて、なるべく行かないといってはいるものの、本当によく出席している。そういうことがよく勤まってるなというのが家族全体の感想で、「なんだ意外にこんなこともできるんだ」って見直したりもしています。
ではなぜ家族が意外に思うほどに父が精励しているのか。冒頭に記したように「楽しんで」いるのか。
まず一つは、その役回りにあります。
前都知事、青島幸男さんと父とは、議員初当選の時期も同じて何かと因嫁かありました。父は青島都政に最初は期待を寄せたけれど、やったことといえは問題の先送りたけ。財政破綻が悪化するだけしてから父にバトンタッチとなった。今の父の心境はといえば、倒産寸前の中小企業を引き受けた雇われ社長、といったところでしょうか。その会社を建て直すことが自分の費務でもあるし、創造的なことは建て直しのメドか立った段階ではじめてやればいい、と考えたように思います。
それから父にとって、四半世紀前に美濃部さんと戦って負けた、ということはやはり今でも大きく影響しているのてはないでしょうか。父は口にしませんが、近くて見ていてそう感じます。
美濃部さんは大企業に課税したり、環境問題を取り上げて環境庁を作らせたり、と″乱暴″な都知事でした。が、父は彼の業績を評価し、意識しています。父は今、二十五年前の美濃部都知事とも戦っているのかもしれません。
父は都知事就任後一年弱にして、明らかに攻勢に出ています。地方から中央にさまざまな形で提案という名の喧嘩を売っていくことで、日本国そのもののあり方を問うていく、といった段階に徐々に移行しているように思います。
今回の外形標準課税導入にあたっても、大蔵・自治官僚に喧嘩を売った、という側面を忘れてはなりません。父と越智通雄・金融再生委員長との間で応酬がありましたが、あれは大蔵官僚出身の越智氏が父の官僚批判の恰好の標的となってしまったたけで、逆に父の施策を一番苦々しく思っているのは、おそらく主税畑出身の薄井信明大蔵事務次官なのではないでしょうか。税という自分の畑に突然天敵がやってきて、自分たちがやろうとしていることを先にやってしまった。それが自分たちにとってプラスになるのかマイナスになるのか、今のところ計りかねている。ても利口な役所ですから差し当たっては矢面には立たず、自治省を前に出して、何とかしろと命じているのてす。しかし、今回はもうどうにもならない。
霞ヶ関と都庁が、あるいは永田町と都庁が、一対一て対峙する時代が釆ているのてす。中央が地方を中央集権的に、利害調整的に間接統治してきた時代が父の所作一つ一つによって突き崩されようとしているのです。それのみならず、各自治体がその経済規模の大きさも含めて自身の力に気づきつつあります。自治体は、長の才覚一つで勃興も衰退もするアクティブな存在であることをやっと自覚しつつあるのです。

中央政府の硬直

では、中央政府の方はでうなのか、といえば、残念なからもう手の施しようのない病状です。
国会の予算委員会ではスキャンダル暴露合戦が相変わらず行なわれ、予第審議の時間はほんの僅かでしかない。しかし、何となく法案が成立していってしまい、そのことに誰も疑義を挟まない。いびつな翼賛体制とてもいうべき空気が、自白公達立が成立して以降の議場に漂っています。
では、自白公と対決している野党はどうなのか。
民主党も非常に厳しい。寄合所帯の上に連合への依存体質が抜けず、旧社会党の残滓が強く残っているし、新人候補者も組織を労働組合などて固めてもらい、自分て歩いて票を拾う意欲に欠けている。選挙も政策も、自民党以下。社民党はともかくとしても、共産党は綱領が先に来ますから、政策云々という土壌がない。
こう考えますと、一時期喧伝された政権交代可能な二大政党制は日本には馴染みません。誰が日本の舵取りを行なうか、それは永久与党がほぼ前提となっている、腰のどっしり座った保苧政党、自民党がやるしかない。
しかし自民党の中も多くの旧弊が答易に払拭できずにあります。古株の地方出身議員に言わせると、「議員の醍醐味は、″箇所付け″してはじめて感じられる」ものなのだそうです。役所にお願いに行って、大蔵の主計官に「ハイ、予算を付けましょう」と言わせることか″箇所付け″です。こういう感覚はもう時代錯誤なのてすか、それに気づく人は本当に少ない。
当選回数を尺度にしての大臣振り分け、役職振り分けといった慣習制度も限界に来ています。AとBという二人の政治家のどちらを役職に就けるかといえば、当選回数と年齢という物差ししか目に入らない。これはひとえに佐藤栄作内閣時代からできた、派閥枠の中で与党全員に大臣を回していく、という手段がいまだに罷り通っているからです。後進を育てる、といったムードは全くといっていいほどない。
しかしそれでは外国に伍していけません。情報のスピード化、市場を中心としたグローバリゼーションの進展に伴って、政治力が国際政拍の世界でさらに重要な役割をおうことは、クリントンンやブレアがスタンド・プレイじみた大きな声を出してまで国際世論を引きつけているのを見れば明らかてす。首相が強烈な政拍的リーダーシップを発揮しつつ、その脇では専門知識を蓄えた若いスタッフ職員たちが、長期間特定分野の中枢に関わるというシステムか一刻も早く作られるべきてす。この観点から考えれば、自民党の73歳定年制度も当然、真剣に考慮すべき事項となってきます。
それでは、次の総選挙では、どのような地殻変動が起こるのでしょうか。実はこの銀行への外形標準課税問題は、総選挙の際の一つのキーワードになると予測しています。この課税案はともすれはポピユリズムの危険性を孕んだものになりましょうが、もし導入に反対したら、選挙戦は到底乗り切れません。いわば、大きな踏み絵として機能するような気がします。
たた、″増税″ のポピユリズムというのは今までになかったことです。ポピユリゼムは減税には馴染むのてすか、増税に普通は馴染まない。これも銀行か″絶対悪″的な存在てあるからこそ成り立つ構図なのでしょう。
選挙が間近になってきて、このところ政界再編の話、特に「石原新党はあるのか」といった質問を受けることが多いのですが、この「石原新党」を唱えている人は概して筋がよろしくないようです。新党を作ることによって何とか自分たちが浮かび上がろうとしているだけ。その問いには「新党の設立などということは絶対にありえない」といつも答えています。

父を越えるために

私は父の背中を見て育ち、同じ道へと進むことを32歳の時に決意しました。私が小学4年生の時に父が参院選全国区てトップ当選を果たしているのですが、そのころの作文に「政府家になりたい」と書いています。また、その選挙前に父かベトナム停戦の取材から帰ってきた時の記憶も鮮明に残っています。そのとき父は仏領インドシナという国家とその国の人々が壊れていくさまを私に話してくれました。あの時父は初めて国のことを想ったのでしょうし、父を通して私も何かを確実に感じた。父がいたから、今の私があります。
ただ、私も父も一人の政治家です。性格も資質も異なります。比較されるのは当たり前ですが、そこから一歩進んて真剣に対峙し、いつかは父を超えなけれがばならない、そう思っています。
私の古くからの後援者で、材木屋の長男に生まれながらも出奔して新聞の販売店の社長になった人物が「あなたも親父と同じことをやっていたら絶対に勝てない。だから違う分野で勝負しろ」と当選前にアドバイスをしてくださったのですが、その時に頭に浮かんたのが、記者時代から追い掛けてさた税や金融のことでした。緻密な作業が必要で、最後の最後まできっちりと詰めなけれはならない。これならは几帳面な私にも向いている。父は「閃き、発想の人」だから外交や教育がテリトリー、ならば金融関連を自分のテリトリーにしよう、ということになったのです。
ですから、今回の父の施策は明らかに私のテリトリーを侵しています。私は外交とか教育の話にはまだ潔入りをしていないのに、です。これもまた、父らしい、としておくことにします。
しかし、父はこれからもどんどんと臆せずさまざまな分野で二の矢、三の矢を放つようです。現に新税導入発表後、矢継ぎ早に都立大学の改革案、ディーゼル車の排ガス規制として浄化装置装着を義務付ける検討案を発表したりと攻めの姿勢に変わりはありません。大学と車メーカー、トライバーといった当事者と、文部省、運輸省を相手にしたケンカがまた始まっています。
昨年の都知事戦の時から父が訴えてきたことの一つに、米軍横田基地の軍民共用化、というテーマがあります。
あれはただ単に便宜性を求めての要求ではありません。日米安保の根幹を揺るがしかねない、いかにも父らしい、きな臭い提案なのです。この所、横田の件には余り触れていませんが、私は在任中に必ず、横田関連で大きなことを仕掛けてくるのではないか、と思っているところです。
父か都政の場で、苦しみながらも自分のその時々のベストの球を投げ込んでいるのを見ていますと、羨ましく思うことかあります。この世界はやはり「長」をやらなけれはダメです。税制たったら税調会長、金融だったら金融問題調査会長。とにかく「長」でなければ自分の思った政策はなかなか具現化しません。
ただ、私の場合はまだまだ早い。今年で議員生活十年目になりますが、まだ中途半端なことしかできていません。介護保険も、ペイオフ延期も、思うとおりの政策を実現することができませんでした。悔いが残ります。ここでもう一度形を作り、地力をつけてから次に進みたいと思っています。
「東京から日本を支える」という父のスローガンは、日本を本来変えるばき私たち国会議員の硬直、怠惰、消極を痛烈に批判したものであって、私ももちろん父の批判の対象になっています。が、言わせっぱなしでは男がすたるというものです。中央と地方との争いが不毛であること、東京だけが栄えて地方が衰退する、ということが国として決してよくないことも、総論として父はわかっている。ですから、これからも協力てきることは大いに協力しっつも、父に「お前もやってくれるじゃないか」と思わせるような政治を中央でやっていこう、と思っています。

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