メディアに掲載された石原伸晃関連記事を以下よりご覧頂けます。

ビジネス インテリジェンス
1999年5月号
特集「検証!」
「報道」の倫理
曖昧な“日本的”
議論を許さない
テレビ討論の一長一短
メディアできちんと自分の意見を述べることは今や、政治家にとって不可欠の資質といっていい。だが、自民党は昔から身内の者がテレビに出ることを嫌う。
私も金融国会の時に先輩議員から「あまりテレビに出るな」といわれた経験がある。しかし、今や、政治家がテレビに出ることは時代の要請であり、それを「けしからん」といってもはじまらないだろう。
テレビは時として、政治家が国民と直に接しているのと同じ効果を持つ。しかも、政治家自身が遊説して歩くよりはるかに効率も良い。
最近は、日本の政治家も、TPOに応じて、服装や、せめてネクタイぐらいは替えるといった配慮を心掛ける人が多くなってきた。その点、日本の政治も欧米並みになりつつあるといえるかもしれない。
テレビメディアにはまた、白黒がはっきりしてわかりやすいという特色がある。田原総一朗さんなどは、そういったテレビの特色を熟知しているためか、「あなたは結局、イエスなのかノーなのか」と単刀直入に質問してくる。
実は私自身、郵政民営化をテーマにした討論で、実際にこう聞かれて困ったことがあるのだが、前提次第でイエスにもノーにもなる話でも、こういう質問をされると、思わず答えざるを得なくなる。
柿沢弘治さんの都知事選「出馬宣言」も、彼としては「自民党が支持をしてくれるなら」という前置きをしたかったのだろうと推測しているが、画面では「出馬する」という結論だけが伝えられた。
こういう伝え方には、もちろん一長一短がある。しかし、テレビのわかりやすさはやはり時代の要請の一つなのだろう。テレビは日本独特の曖昧な文化を、だんだん許さなくなりつつある、とも思う。
むろん、日本の政治番組の作り方には、テレビ討論一つとっても、稚拙な部分が多い。
これは、作り手だけでなく、出演する政治家や、視聴者の受け止め方すべてに関わってくる問題である。とはいえ、アメリカなどに比べて、メディアの歴史が浅いテレビに、急激な変化を求めても無理だろう。
いずれにせよ、今回の都知事選は、政治番組づくりが大きく変化するきっかけになったといえそうだ。テレビの選挙報道の歴史において、一つの節目として記憶されることになるのではないか。そして、将来、政治家がきちんとテレビに出て自分の政策を解説するアメリカ型の選挙報道番組が増えればと期待している。
最後に、テレビ記者出身者として、最近、とんちんかんな若い記者が多いことについて一言。
私自身、自宅への「夜討ち」取材に対して、「遅い時間でも家の電気がついていればoKで、消えていれば遠慮してください」という暗黙のルールを作っているが、これを無視されることが結構ある。記者全体のレベルは決して下がっているとは思わないが、教育不足の面があるのではないか。自分たちが駆け出しの頃は、必ず、取材の仕方などを徹底的に叩き込んでくれる先輩記者がいたものだが、そういう先輩から後輩へと伝えられていく伝統が失われつつあるとしたら残念だ。
- いしはら・のぶてる
- 1957年生まれ。慶大卒。日本テレビ報道記者を経て、90年総選挙で衆議院議員に初当選。金融再生トータルプラン推進特別調査会事務局長などを歴任。
