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中央公論
平成10年12月号
金融再生関連法は
なぜ難航したか
民意をこれだけみごとに裏切った自民党の葬式を出すという、思い詰めた気持ちがあったから自分の思ったことができたし、党としての面子は捨てても守るべきものは守った。
--- 実務派新人類と呼ばれた議員の胸の内 ---
平成10年12月号
金融システム再生に向けて
いまいろいろなことで金融の話についての講演を頼まれて話をしても、「フンフン、フン。あとは頼むわ」という感じですね。縁がありそうで、実は皆さん、銀行がどうなろうが関係ないみたいな感じがあります。
ただ、金融再生法について、丸呑みだとか、最近では民主党への内通者だとか批判をされて私は穏やかじゃないんです。全然そういうことはありません。
私はだいぶ前からブリッジバンク法案は大した法律案じゃないといっていたんですよ。アメリカでやっていたものを日本の法律に照らして焼き直しただけですから。これが大銀行には適用できないというのは明らかなんです。世界中どこを調べてみても、金融機関がおかしくなってきたら、資本注入するか国有化するか、対応は2つしかないんです。実は民主党が考えていた特別公的管理といういわゆる国有化もブリッジバンクなんです。ですから、今回は2つに1つの選択しかなかったと思います。これまでどおり自民党案がいいんだということで突っ走っていって、参議院で否決されて何もセーフティーネットがないまま衆議院の解散、総選挙に突き進むのか。それとも、民主党にわれわれの考えを入れられるだけ入れてセーフティーネットだけは用意しておいて、解散、総選挙になってもいい状態にするのか。そのどちらかです。それが金融再生関連法案審議の第一弾の顛末です。それを、役人を排除して、若手に任せておいたら勝手に妥協して、勝手につくってきたというのは、私にいわせたらまったく心外な話です。
結局、政治も行政も7年間問題を先送りしてきたんです。政治の側からすれば、明らかに金融は行政のフィールドなんです。それなのに本来必要な情報を総理大臣も大蔵大臣も誰も知り得なかった。それが、梶山さんが官房長官のときに「これは大変だぞ」、と気が付き日本の金融が傷んでいるということが分かった。だからこそ私は幹事長、国対委員長からともかくまとめてこいといわれたわけです。それで、まとめてくると今度は、「いや、こんなのじゃダメだ」「われわれの考えのほうが正しいんだ」という政調会の幹部の方がいらしゃって、また違うものを出す。そんなやりとりを続けていればパンクしますよね。
9月の末に私はもう開き直って、「分かりました、そのお考えが正しいと思うのなら、それでどうぞまとめてきてください」といったんですよ。そうしたら、「それをいっちゃあおしまいだ」というから、「いや、まとめてこいといわれて、まとめてきたらダメだといわれて、違うものを出されて、それで折衝しろなんていうことは成り立たないから、どうぞご自由に」って、返す刀で上司に切りつけたんです。
そうしたら、金融早期健全化法のほうはわれわれ実務者といわれる人間ではなく、もっとハイレベルで話をつけられたわけですけれども。
金融再生法については、政治が与野党という垣根を越えて政策的な議論をして、1つの解決策をつくったという意味では、私個人としても、それなりのものはつくれたと思う。しかし、それはスキームをつくっただけです。再生法と健全化法でスキームの8割から9割はできましたけれども、この運用を適切にできるのかということは、誰も経験していないんです。銀行の国有化だって、いままで誰もやったことがない。長銀が10月23日に手をあげ次は国が普通株を買うわけですけれども、株主からどういう訴訟を起こされるか分からない。株価の算定は非常に難しいわけです。
長銀の場合は実質的に修正バランスシートで資産を再評価していくと、限りなく債務超過に近いことが予想されます。不良債権と株式の含み損の合計がマイナスつまり負債のほうが大きい状態になっていました。どこかに隠れた資産でもない限りは債務超過である。そうすると、株価は限りなくゼロに近づく。
長銀以外のケースも、特別公的管理という国有化のプロセスではこの問題が出てくると思うんです。そのときに訴訟に耐えうるかどうかは、実は誰も分からない。これが問題のひとつです。
それと早期健全化法では25兆円の枠を用意したわけです。3月にも13兆円の枠があって、悪いところに大量に入れればよかったのに、健全な銀行にしか入れないといって全部横並びに、しかも少しずつ入れたから、まったく役に立たなかった。その理由づけとして、これは貸し渋り対策だ、資本が厚くなれば貸出余力というものは10倍、20倍増えるのだというロジックを使ったけれども、実際としては21行に注入して、貸し出しは伸びなかった。
政策的には完全な失敗ですけれども、日本の政治状況というのはおかしくて、政策を変更したり、政策の失敗というのは認められないんです。「これは間違っていた」と認めれば使い勝手を変えられるけれども、「いやあれは正しかったんだ」「健全な銀行に入れたんだ」と言い続けたから、長銀がおかしくなっても、「長銀は健全だとはいわないけど、破綻状態ではない」みたいな答弁になってしまう。これは昭和恐慌のときとよく似ています。政策の転換をするということがなかなかいいだせなくて、内閣が変わってはじめてできる。70年たっても全く状況は変わっていません。
でも今度のケースが特殊だった最大の理由は、個別行の問題が出てきたことです・これは、政治家が口にすることも本当は避ける話であって、たとえば政治家が、この新聞の論調はけしからん、つぶしちゃえといっているのと変わらないと思うんですよ。長銀は不動産融資しすぎてけしからんから潰しちゃえとか、いや資本注入して永らえさせたほうがいいとかいうのはおかしな話でね。私は途中でもう一回、本来の路線に戻りましょうといったのですが、野党に引きずられた。私は最後まで反対したのですが、そういう議論が平気でされたこと自体、感覚がズレちゃったというような気がします。
ハードランディングに切り替え
ハードランディングよりはソフトランディングのほうがいいというのが日本人の全体的な態度だと思うんです。でも3月の事態と。この11月の事態とは、日本の金融はもう全然状況が違う。3月のときは、川を流されてきてもまだ泳いで岸にあがって「ああ200メートルぐらい先は滝だけれども助かった」というような感じだったと思うんですけれども、今はさらに流されて、もうすぐそこに滝があって、何か木に掴まって「危ないな、どうしよう、どうしよう」といっているような状態だと思うんです。われわれは、自分たちでそこの横に仮橋まで架けていて、仮橋をわたって川岸までいけば大丈夫だと思うのに、またいつものように大蔵省がロープを投げて、古い人たちはみんなこの大蔵省のロープに掴まって、何とか滝に落ちるのはやめようとしている、というのがレトリックでいうと今の状況じゃないかという気がします。
3月とどこが変わったかというと、速水日銀総裁が7月にG7に行って、ルービン財務長官に「日本の金融機関は、大小を問わず過小資本なんだ」といったことがちょっと物議をかもしていますが、これは本当のことをいってしまったんだと思います。日本の銀行は、結局、土地の値段が上がる、株価が上がる、いわゆる含み益に依存した経営をやっているんです。全部が借金をして商売していて、自分の資本を厚くしようという概念がない。それはどういうことかというと、資本金はすごく少なくて、海外・国内を問わず高い金利で外から金を借りてきて、薄い利益でみんなに貸している。それを横並びで護送船団で1年前までやっていたから、その全部の金融機関が生き永らえてきた。
しかし、90年代に入って、お金が商品になったわけです。日本はもう、この経済の中で生きていく道を模索しなければいけないのに、今度も銀行は「大蔵省のいうとおりこれまでやってきたんだから、最後は国のほうでちゃんと面倒見てくださいよ」という姿勢なんです。本当は自分たち金融界の側の問題なのに、まだ大蔵省が悪いから、政治が悪いからみたいなところがあるんです。
長銀の問題でも、さっきいいましたように、200メートルとか1キロ先に滝があるといったら、まともな経営者ならそれをどう切り抜けていくかということを考えるのに、10メートルくらい手前になってやっとリストラ計画を出してくる。その感覚のズレが今回の議論で国民サイドと金融サイドとの間にギャップを生んだ。政治はその両方を見ながら、金融がつぶれたらいまよりもっと大変なことになるけれど、でも国民の側に目を向けると、「うちの会社は資本金が減って、運転資金も借りられない。何とかしてくれ」と選挙区でいわれて、「銀行だけ助けます」とはいえない。そういう狭間で議論が迷走した。
本当は、日本の内閣、あるいは総理というものにもう少し権限があれば、金融の問題は「長銀に公的資金を入れなければ世界恐慌になる。世界に悪影響を及ぼすといけないから、1兆円を入れるんだ」と、総理の権限で公的資金を入れて、その後、それが正しかったか正しくなったかを議論すればいいのに、総理官邸も権限がないわけです。佐々波金融危機管理審査委員会に申請があってはじめて資本注入を認めるみたいなことで、審査するほうの佐々波委員会も、「長銀に入れたときも、ろくに資料を見ていない」と国会でいってしまうものだからよけい議論が迷走する。
実務派新人類が力学を変えた
政策の責任者というのは政調会長だと思うんですけれども、衆議院でマジョリティーを持ち、かつ参議院でもマジョリティーを持っていたときはその政策責任者の考えがすべてだったと思うんです。だけど今いまは、衆議院でマジョリティーですけれども参議院ではわれわれのグループは過半数をもっていない。PKO(国連平和維持活動)協力法のように衆参とも自民党が単独で過半数をもっていたとき、あるいは村山内閣以来の三党連立で過半数をもっていたとき、シナリオライターの脚本通り、アクターがダンスをし、演技をすればことが進んだ。しかし今度は国対委員長も幹事長も大変だったと思うんです。なかなか前面に出てくれなかったですね。「俺たちはちゃんとフォローはするけれども、あんたらが前線でやってくれ」って。ブリッジバンクという案で、私たちは預金保険機構の下に銀行の持ち株会社をつくろうといったけれども、これも根拠があるようでないんです。どっちが使い勝手がいいか、それだけですから、そんなことはわれわれでも判断できます。しかし財政と金融の分離をいつやるかというような話は政治決断の話ですから、議論して詰まるわけではありません。「それは幹事長とか党首レベルで決めてください」と上へあげて、それで話がまとまったかと思うと、メディアが週末の番組に必ず党の幹部を呼ぶので、そこでまた好きなことをいうひっくり返っちゃう。それの繰り返しで2週間ぐらい行ったり来たりがあったというのが大きな特徴です。シナリオライターが存在しえない政治状況だったということを意外に皆さん、分かっていないんです。参議院の定数は252人ですから、半分は126.自民党だけで103しかいないと分かっていても、身についた皮膚感覚は55年体制で、そういう感覚が身についている方々に、なかなかハンドルを切れといってもできない、というところはあったのかなという気がいたします。
「君たちの理解力はよく分かる。しかし、あんまり君たちがやると、行き場をなくしちゃうと思っている人もいることを、ちゃんと考えろよ」って幹事長にしかられましてね。あとおかしかったのは、党首会談のときの実務レベルのペーパーは僕と民主党の枝野幸男君(政策調査会副会長)でつくったものなんだけど、幹事長が「石原君、君はいったい、いつこんなことを勉強してたんだ?」っていうわけですね、素朴な顔して。党首会談をやって、各幹事長、政調会長みんな来て、必ず話が出たのは、「このペーパーは縦から読んでも横から読んでも、われわれは分かりませんな」という。そういう話が出たって幹事長がおっしゃったのが非常に印象に残りましたね。
「でも幹事長、そんなに難しいことを書いてないですよ。だって財政部会長を二期やらしてもらったじゃないですか。幹事長がテレビでしゃべる原案は、いくらでも御手伝いしますから」っていった。これまでは政治家はきっと役所のいうことだけをしゃべっていたにちがいない。というのは、シンクタンクもありませんし、政策スタッフもいない。でも、要するに、役所は役所なんです。イギリスやアメリカと日本の政治の違いはきっと、民間の声をどのくらい入れるかでしょう。イギリスのブレア首相のブレーンは、経済学者にしろなんにしろ20代、30代ですよ。彼らがいっていることを選択して彼はしゃべっている。サッチャーもそうでした。アメリカのルービンはメリルリンチの元会長でしょう、民間人なんですよ。ですから政治主導を仕組みとして確保するには、今のままではちょっと心もとないですね。アメリカの上院議員は一人で政策スタッフを20人ぐらい抱えているんです。私の場合は幸いにも財政部会長を二期二年以上やらせてもらって、その時の関係とか、友人にシンクタンクの人間。あるいはいろんなニュースソースをもっている人がいたというのが大きかったですね。ニュースソースがなければ、役所のいうことを信じるしかないんです。
これは父(石原慎太郎元衆議院議員)が昔からいっているけれど、政党がシンクタンクをもつ時代なんでしょうね。ただ、自民党は政権に長くいますし、役所とずっと一緒にやってきたから、時代が変わったから、「はい皆さん、さようなら」っていえないというのも分かりますけれども。ですから、順番としたら政治家が自分のニュースソースをどれだけもって、どれだけ政策を勉強するか、そういう人間がどれだけ増えてくるのか、ということにかかっていると思います。理想はモット高いところにあると思いますけど、そこにはなかなか行かないんじゃないかという気がします。
財政に関心を持った理由
きっかけというか、私は記者時代にもわりと運輸省、外務省、大蔵省、経済企画庁、日銀、兜クラブとか、役所の担当が長くて、税は非常に好きだったんです。消費税導入のときはちょうど大蔵省にいました。その当時、アジア・パシフィックで消費税を導入した国が韓国とニュージーランドだったんです。その取材にいきまして、ニュージーランドのGST、グッズ・アンド・サービス・タックスというんですけれども、それが、最初は内税・外税両方だったんですが、1年後には全部内税になっているんです。西洋合理主義からいったら外税だろうと思っていましたからこれは非常に印象に残った。
そういうものに関心がありましたし、平成2年、衆議院に当選してすぐに大蔵委員になったんです。まだ当時は55年体制なんですけれども、大蔵委員会で社会党の堀昌雄さんとか沢田広さんとか、社会党にも全然社会党っぽくない面白い財政通といわれるオジさんがいたんです。こっち側にも山下元利さん、山中貞則さんとか、なかなか面白い方がいて、そこで勉強をしたのが大きかったですね。それで財政部会長になって、野党のときも私一人が大蔵委員会で質問したり、税法についても、小川是さんが大蔵省主税局長でだいぶやり合った。平成5年ですね、そういう経験の蓄積です。
今回、金融のほうに足を踏み入れたのは、二月からの経済状態を見て、この不良債権問題にピリオドを打たなければ、日本の経済は本当には回復しないなという強い思いがあって、土地債権流動化トータルプランというのを4月23日にまとめたんです。その時の考えとして、川上に金融があって、金融のかかえる不良債権問題がある。そして川のまんなかに不良債権をさばくところがあって、その下に実は不良債権を買う新しいマーケットがあるだろうと。この川をちゃんと流すことが、この日本のモヤモヤした不景気みたいなものを解決する方向だろうと思って、役所の人もだいぶ入って、役所と政治とが一体になって短期間にまとめた。役所の人が「これは役所だけに任されたら一年かかります」というのを二ヶ月ぐらいでやりました。
その時私は恐かったんです。この金融の危機があるのが分かっていたから。そのオーダーが大きすぎて、私もリアリティがないんですよ。この低金利が三年間続いている間に。日本のメガバンク(大手行)は3000億から4000億の業務純益を、ここ数年あげているんです。それでも、この不良債権の問題が全然解決できていないというのを肌で感じていて、ここに踏み込むのは一つの政党としても危険だし、内閣というか国をあげての仕事だろうなと思って、それを当時の山崎政調会長にいったんです。山崎さんも加藤幹事長もやはり同じ思いで、橋本総理とお話をされた。そして総理がバーミンガム・サミットで「バランスオフ(不良債権を帳簿から抹消する)」という言葉を使ったんです。一国の総理が不良債権を金融機関の帳簿からバランスオフしなきゃいけないなんて、普通はいいませんよね。それで、この金融の問題にどっぷり浸かったと思いました。
そして総理が「一国の政治の責任者としてこれを解決する」といって動き出した。それで、金融再生トータルプランというのを6月23日、7月2日の二次にわたって、ちょうど参議院選挙のさなかに取りまとめたんです。お盆までに小さい法律案をクリアして、ブリッジバンクといわれる受け皿の次はメガバンクの金融再生の話だと、そういう予定でいたら内閣が替わって、大きな混乱があった。で、今の総理が「このブリッジバンクを中心とする案をやれば金融はバラ色になる」みたいなことをいわれたわけですね。こっちは目を白黒して、これはそんな大した法律案じゃないぞと。
だけど、メガバンクがこんなに早くおかしくなるとは正直いって思わなかったですね。金融の変化のほうが早かった。長銀という銀行が、興銀を抜くといわれていたような、ワリチョーを出しているあんな銀行がおかしくなって、おかしくなるのはかまわないんですけれど、それが8月20日、まさに金融再生関連法案の審議のさなかに、総理が住友信託銀行の社長を官邸に呼びつける、という不測の事態があったもんだから、もう委員会は動かないですよね、あの真相は、今でも私は分からないです。どういうご趣旨で呼ばれたのか、また何が話し合われたのか、真実というのは表に出てきていません。
政治主導であったと自負するか
官僚の皆さんというのは、国からお金をもらって法律を作るのが仕事なわけだから、本当はそれをうまく使うことが政治家の仕事なんだけど、政治家の側にノウハウと蓄積がないから、使っているのか使われているのか分からないような微妙な関係でやってきたのが、55年体制だと思うんです。96年の住専危機のとき、当時の銀行局長が本当に身体もボロボロになりながら住専処理策をまとめられて、その法律が通ったあと、私に「これで不良債権の問題は山を越しましたから、心配しないで下さい」っていったんです。多分その時は本当にそう思われていたと思うんですけれども、全然事実と違った。その時から役所側は本当のことをいってないんじゃないかというような思いは実はあったんです。
今度の早期健全化法案も、われわれが二ヶ月ぐらい前に役所に出していたペーパーと、文言まで同じに使っていいるんですよ。それはいいんです。われわれが「やったほうがいい」ということを、彼らは採用したわけですから。でもその過程において、役所の側に「こんなものは、われわれはできませんから、政治のほうで勝手にやってください」というような、傍若無人な振る舞いもあったんです。その席に塩崎恭久(参議院議員)と津島雄二(衆議院議員)がいて、私は司会をしていたのでそんなに怒らなかったんだけど、津島さんが「返り血を浴びるのは君たちだぞ!」ってやった。それは明らかに役所の驕りですよね。自分たちが考えたものが絶対であって、政治家が作ってきたものなんか…なんていう思いが彼らの側にすごく強いんです。そこでそれをいうんだったら「7年間もあなたがたの先輩が問題を先送りしてきたからこんなことになっちゃったのでしょう」っていうと、彼らは沈黙してしまう。そこのコミュニケーションというか官僚と政治家の付き合い方というのは、政策ごとにこれから考えていかないといけないんでしょうね。
大蔵省も民間の声を実はこれまでは聞いてたんですよ。今度は悲しいかな、過剰接待で捕まったり、辞めさせられたり、ノーパンシャブシャブへ行ったりしたもんだから萎縮してしまい、民間との接点がないわけですね。そうすると、彼ら頭のいい連中が机の上で書いてきた案は、現実からずれてしまう。私の情報ソースは民間中心ですから、マーケット関係などからの情報をわれわれの知識式で咀嚼して、自分たちの案をつくっていく。それを複数の若い議員が持ち寄って、論文を交換し合って一つのものにするということを続けたんです。若手議員は塩崎さんとか根本匠(衆議院議員)さんとか、それに野党の方も何人か一緒にやられて、みんなよく勉強しています。戦後生まれの方ばっかりでしたけれども。
政治と官僚の理想的な関係
官僚制度については最近、制度疲労しているとか、硬直化しちゃって、ちょっとこのままじゃどうにもならんということがあると思います。いま、公務員給与というのは局長レベルは高いけど、課長レベル民間と比べたら安いと思うんです。退職金も局長は多いけれど、普通の人は少ない。昔の言葉でいうと滅私奉公なわけです。お国に尽くすという。しかし、そういう意識もだんだん希薄になってきたから、官僚制度の賃金体系とか、いつリタイアするのかみたいなものも、もう一度改めておかないと官僚になる人がいなくなるんじゃないですか。
天下りは一切いかんとか、果ては楽しんでも行けないとかいう気持ちも分かりますが、小役人みたいな人ばかりもっと増えても困ります。出世するのは、物事が分かっていて何もしない人なんですよ、見ていると。最悪です。だから、官僚制度というものも、もう一回リシャッフルするときにきているし、ちょうど行政改革で役所の再編問題が出ていますね、いい機会です。
ところが、彼らは自分のテリトリーを守ることにすごいエネルギーを使う人たちなんです。自分の蛸壺を守りきるみたいなね。金融と財政の分離を総理があそこまでいっても、まだ守れる、完全分離するとは思っていないんですよ。何枚腰というか、そこは敬服するけれど、今ある権利を守ろう、あわよくばもっと権利を獲ってしまおう、というような増殖力が逞しい。でもそれは、これからの時代は通用しないですよね。今は規制緩和であり、自由化であり、これは好むと好まざるとにかかわらず世界がそういうふうになっていますから。そこで自分たちだけが規制を強化していくということは、鎖国するという話です。
その一方、若い人、僕なんかよりもっと若い大蔵省の人と話をすると、「財政、金融はもう切り離したほうがいいですよ」という方もいるんですね。そういう若い、本当に分かっている方が組織のなかで立ち上がらないと、組織も衰退するし、国も衰退する。
大蔵省の中には、たとえば財金分離のことでも、本当に縦に読んでも横に読んでも分からないようなことをいって、守ろうとする勢力が必ずあるんです。私も実は財政・金融というのは、金融危機が起こったときに使うお金というのは財政のお金ですから、完全分離しないほうがいいと思っていたんですよ。だから、今でもやっぱり大蔵省の中に金融に関する連絡室みたいなものは置いておかないと、予算措置があるもんですからね。と、思っているんですけど、役所のほうはそうじゃなくていまのままよりもっと金融の権益も守りたいと。そしてそれに呼応する議員が自民党の中にいるんですね。そうすると、そういうことをすると、どんないいことがあるのかなと。なにかなかったらきっとやらないんじゃないかな。だって、政党の最高責任者が決めたことを破ってでもまだ何かしてやろうと思うには、何かあるんじゃないかという、そういう素朴な疑問が浮かんできましたね。実際は分かりません。正直いって。長い付き合いのなかで何かがあったのかもしれませんし…。
政・官・業の癒着に一石を投じたか
それは両論あるんじゃないですか。若いやつに任すととんでもないことをやるから、もう絶対に頼むのはやめようといっている人もきっといるし、君らもう少し勉強しろと、好意的にいってくれる大先輩もいらっしゃるし、庇ってくださる大長老もいらっしゃるし、とんでもないというシニアの方もいらっしゃるし。だけど、いまのままでは国民から自民党がよくなるとは思われないでしょうね。
私は、長幼の序なんかを実は非常に重んじる人間なんですよ。わりと古典的な、どちらかというと常識的な判断をする政治家の部類に入ると思うんですけども、今度は、ある種の開き直りがあったんですね。というのは、二月からずっと苦労してやってきて、卒論的にトータルプランを「土地債権流動化」と「金融再生」の二つつくって、参議院選挙の最中に、選挙しながらまとめたし、だから、これをやるかやらないかだということだけだと思っていました。あのあと橋本内閣が倒れて、自民党の総裁選挙があったでしょう。
私はあの時、正直いって、小渕さん意外なら誰でもいいと思ったんですよ。小渕さんというのは人柄がすばらしい。だから間違いなく、平時の大宰相ですよ。あんなにお団子を食べるのが似合ったり、子供と横断歩道を歩く姿がほほえましい人はいないです。そしてすごくシンの強い方なんですよ。でも、この金融の危機みたいなものに対して決断できるのは、分かった人じゃないとダメなんです。
だから私は小泉純一郎さんを担いだ。小泉さんを担いでいる最中に、いろんな政治のやり取りがあって、小泉さんを出させて彼を潰そうという動きがある。それは梶山静六さんの足も引っ張るということが分かったから、私は私よりも若い他派閥の人たちにお願いした責任を感じて派閥を離脱しました。
小泉さんか梶山さんみたいに、金融の分かっている人が短い期間で問題になっていることを一掃して、平時がきて小渕さんにバトンタッチすれば、全然この国は違ったと思うんです。民意も完全に小渕さん以外だったと思います。だから民意をこれだけみごとに裏切った政党が永らえるわけはないと、ある意味では私は自民党に葬式を出してもいいなとあの時思ったんです。
そういう思いつめた気持ちがあったから、今度、恐いもの知らずというか、自分の思ったことができた。でも、結果としてそれが小渕政権を延命させることにつながってはいますけれども。そこのアイロニーというのは自分でもどう判断していくのか。これからの課題です。
やはりそこは政策論として、、冒頭いったようにまったくセーフティーネットのないまま破滅の道に進むよりはよりよい選択だったと思うしかないのかもしれません。党としての面子とかそういうものは捨てても、自分たちの主張すべきことは入っているんです。特別公的管理に入る破綻銀行、あるいは破綻していない金融機関についても、それと一緒になる受け皿に対して資本注入する枠組みを作ってあるんですから。
失ってはいけないものは失っていない。守るべきものは守って交渉にあったっているところは、残念ながらなかなか理解されていないのですが。一つの節目ではあるし、これを本当にしっかりした節目になるようフォローアップしていかなければいけない。危機は去ったわけではなくて、もうすぐそこに滝があってかろうじて木の枝に掴まっているだけなんですから。政治の本当の仕事がこれから始まるのです。

