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毎日新聞
平成17年11月10日(木)
社説
族政治排除
「あれ、自民党も変わってきた!?」
政府・自民党の政策決定過程が大きく変化しつつある。党内にある92の調査会、特別委員会などを77に統廃合。さちに、これらのトップの任期を「連続2期2年まで」とする新ルールを採用、大幅な人事交代を実現させた。
注目の道路調査会長には01年から務めていた古賀誠元幹事長に代わって、石原伸晃前国土交通相が就任した。道路行政に絶大な影響力をもつ道路調査会は、田中派以来、その系譜を引く竹下、小渕、橋本派の牙城で、会長職も80年に金丸信元副総裁が就任した以後は、田中派系がほぼ独占していた。
先の道路4公団民営化でも、古賀前会長らは、整備計画に盛られた9342キロの高速道路建設を既定方針として押し通した。
自民党長期政権下では、各省庁を担当する衆参両院の委員会ごとに部会が設けられている。さらに、長期的視点で複数の省庁にまたがるテーマなどを検討する調査会や特別委員会も設置された。政策のプロが育ったが、同時に族政治の温床にもなった。
党の了承なしでは法案提出も不可能にする事前審査制度が確立。これをテコに建設、農林、商工などの族議員が権隈を大いに振るった。「族政治」の出現だ。
「政・官・業」の鉄の三角形と呼ばれる関係が作られ、非公式の集団である派閥や族議員が、政府・与党の政策を事案上、決めるようになった。「党高政低」で、その過程は不透明さを増した。
パブル崩壊以後、日本経済の衰退で、選挙区や支持団体の利益ばかりを優先する族政治は行き詰まりを見せていた。軌を一にするように派閥政治も衰退している。小選挙区の導入で、政党同士の争いが基本となったからだ。
そうした中で登場した小泉政権は、旧来の政策決定過程を大幅に見直し、「政高党低」に逆転させた。先の「郵政選挙」でも、族議員と呼ばれた多くが造反し、離党もしくは落選した。古賀前会長は一時、ポスト小泉の有力候補に数えられた。だが、郵政法案の採決では棄権した。今回の会長交代は、こうしたことに対する政治的思惑も働いている。
だが、それ以上に来年度予算編成の争点である遵路特定財源の一般財源化を、小泉純一郎首相をはじめ党執行部は円滑に進めたいがためと考えられる。石原新会長は国交相当時、道路公団民営化に尽カした「小泉改革」支持派だ。
非公式な集団である派閥や責任体系から外れた族議員の影響力をそぐことで、政策決定過程は透明さを増し、政治責任を明確にするものとして歓迎する。
基本的には役所の「省益」の枠から出られない族政治では、総合的な長期ビジョンは打ち出せない。ますます強まる国際化にも対応できない。しかし、政府主導といいながらも官僚主導の政治に陥る危険性も大いに残っている。政策決定過程が再び闇に戻っては、元のもくあみだ。官僚をコントロールし、政策決定を進めることは、与党である限り自民党の責務だ。
