マスコミ語録

メディアに掲載された石原伸晃関連記事を以下よりご覧頂けます。

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AOYAMA-PRESS 114号

開かれた道づくりが
青山通りから始まる

石原伸晃×團紀彦(建築家)×井口典夫(青山学院大学教授)

かつての湘南ボーイと青山少年が時を経て、立場を超えて破顔談笑。思い出にうなづき、提言に膝を打つ。明日の道づくり、美しい国づくりを語り合った。

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井口:実は團さんと私は東大工学部の同級なんです。

團:井口さんが土木専攻、私が建築専攻。

石原:へえ、そうなんですか。

井口:石原さんと團さんの場合はお父様同士がお知り合いで、ご本人同士もテニスをご一緒するような仲だったとお聞きしました。

石原:家も同じ湘南、逗子と葉山でしたから。

團:いわゆる湘南ボーイですね。もうボーイと呼べる歳ではないけれど。

井口:その湘南ボーイから見て、当時の東京の印象はいかがでしたか?

石原:電車で東京に出て行くって感覚でしたね。特に青山なんか中学の時は憧れの街でした。何より「アオヤマ」というサウンドがいい。

團:そうですね。青山は名前の響きも街も、スマートな感じがしましたね。

石原:青山は、街路樹のある街なんです。私たちが住んでいた逗子や葉山は周りに木があるから、道にまで木が生えていない(笑)。

井口:團さんの場合、お父様が元々原宿・青山一帯に広がる広大なお屋敷に住んでいらして、そこから葉山に移られました。逆に、團さんは葉山から出て、麻布に居を構えていらっしゃる。途中を飛ばして引っ越しされるのは、何か理由があるんでしょうか?

團:原宿の家には曽祖父の代に住んでいましたし、戦前までは父も住んでいたわけですが、私自身は話でしか知りません。私が港区に親しみを感じるのは湘南と同じように海が近いからでしょうか。

井口:憧れの街というと、湘南・鎌倉や青山・原宿の名前が必ず登場します。

石原:それでも、かつては湘南から青山に「お出かけする」感覚だったよね。

團:そうそう(笑)。

■ 青山通り

井口:小泉内閣では「観光立国」「美しい国づくり」「都市再生」といった政策を目玉にされていますが、青山・原宿・渋谷は、その核となり得るエリアだと思います。この一帯は今、国ではどのような位置づけになっているのでしょうか。

石原:もちろん政策の対象として十分視野に入れています。たとえば今の青山通りというのは都内でも一・二番の格式を持つ街路ですよね。電線の地中化第1号の補助金によって電柱がありませんし、歩道の幅も6メートルくらいあります。じやあ、現状で十分かといえば、必ずしもそうではない。沿道の広告などが無秩序です。先の国会で景観法がようやく通過して、これまで自治体が規制していたものを、国としてバックアップできるようになりました。これを機に国民の一人ひとりが街並みについて考えてよい頃じゃないか。たとえば表参道では、原宿・神宮前の皆さんが街並みについて考えましたよね。建物の高さや色なんかを。最近意識がずいぶん変わってきたように思います。青山通り沿いでさえ、街並みについて本気で考えているのはまだ一部の心ある方々だけという印象があります。

團:同感ですね。道路は官、両側の建物は民の管轄で、その二つの掛け算によってパブリックネスが形成されるわけですが、官の部分が改善されても民の協力がないと街路景観は良くならない。景観法はチャレンジングな法律で、だからこそ上手に運用していくことが重要だと思っています。

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井口:青山通りについては、ちょうど今、團さんや国と一緒に勉強しているところです。景観法という新しい枠組みを有効に使って、できるだけ良い形にしていきたいと思っています。

石原:景観法は、今年の10月1日から施行されます。ただ、さっき團さんがおっしゃったように、法律を活かすも殺すも、そこに住んでいる方々や来街者の意識次第なんですね。日本は私権がとても強い国ですから、それぞれが自己主張されると、通りのハーモニ−を保つことはできないと思うんです。その点フランスなどはもっと強権的ですよね?

井口:ジョルジュ・オスマンによるパリ改造計画の時なんかは、まさにそうでした。ほとんど強制的に収用し、良い形にしてお返しする。

團:景観は、味覚と良く似ています。現代の場合、建築や都市計画のプロフェッショナルが、料理人として市民の前に顔を出して、きちんと試食会を開かなければならないと思うんです。そうして美味しいとか美味しくないとか、喧々諤々議論してもらう。そういう関係を市民の方たちと持つことで、青山通りの景観も高めていけると思うんです。

■ 国際感覚

井口:今、青山通りは、国にも面倒を見てもらいながら、一歩一歩前進しつつあります。今後は、日本を代表するようなエリアに飛躍できるのかどうか。また、観光立国ニッポンの顔となり得るのか否か。石原さんのように広く世界もご賢になっているお立場として、この青山・原宿・渋谷の大きな三角形に対して、どのようにお感じになっていますか? 街の魅力や将来性について、ごく個人的なご意見で結構です。

石原:最近よく日本を訪れているのは、米国を除けば東アジアの方々ですよね。彼らにとって、そのトライアングルは大変魅力的なところとして映っていると思うんです。日本に憧れて訪れる観光客が一番に挙げるのは、実は日本の自然でも文化でも伝統でもなく大都会なんですね。そういう意味で、洗練されているし、骨董品も新しいモードもある。そういう特長をもっともっと磨き上げていくために、住民・来街者と専門家が協力する必要があると思うんです。国民全体の意識もかなり成熟してきて、「街を良くしたい。国にも協力してほしい。」「じゃあ、こういう制度がありますから、どうぞお使い下さい。」という時代になりつつあります。

■ 社会実験

井口:今秋から原宿のキャットストリートで、くらしの道とオープンカフェの社会実験が行われますが、確かに自ら手を挙げれば、取り上げてくれる環境になってきたと思います。それで今、青山通りも歩道を少しでも拡幅したいなどと言って手を挙げているんです(笑)。

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石原:「くらしのみち」という政策は前大臣の時からあったものですが、予算も小さくて住宅地区でしか使えなかった。それを昨年、私が大臣に就任した時に商店街でも使えるようにして、原宿の社会実験も可能になったわけです。

井口:現在キャットストリー卜は非常に素晴らしいエリアになりつつあります。ここで社会実験などの応援をいただくと、住民の合意形成に向けて大きな力となり得ます。

團:ビルを主体とした街づくりも必要なんだけど、道路を細長い広場と見るならば、本来色々なことができるはずなんです。地域に活力を与えるための舞台装置にするとか、様々なコンテンツの可能性も一緒に考えないと、街が良くならない。石原さんがさっきお話しになったように、その街の文化や住んでいる人たちのエネルギーが観光立国の観光対象になるとしたら、その器が重要になってくると思うんですね。人々がそこで何かをやりたくなるように器を磨いていかないといけない。

井口:特に都心の稠密な住商混在地区では、道路というのはほとんど唯一残されたオープンスペースなんですね。だからこそ、地域の活力のためにいかに有効に使うか、その発想が大事だと思います。

團:通過という交通の機能を充足させながら、人が活動する場としての空間も大切なんです。

■ 公共空間

石原:團さん、どうして日本にはピアッツァ(広場)がないんですか?

團:江戸時代には会所地みたいな場所はあったけど、日本には広場という文化が基本的にないんです。中国ですと、四合院の住居があって、その真ん中に…

石原:パティオみたいな中庭がありますね。

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團:ああいう空間は、日本の場合、会所地以降あまり街の中にはないんです。公園はあるけれど、広場という形での発達が見られません。

石原:思えば私たちが子供の頃、湘南には近所に広場というか原っぱがありました。でも、たまに東京に出てくると、子供たちは道でキャッチボールしている。そのギャップを感じてましたね。

井口:社会実験などを通じて国が応援してくれるので、道の広場化も、その中で何とか実現したいですね。

石原:先日荒川に行ってきましたが、河川敷が整備されて広場のように使われていました。しかも地元の人たちが桜を植えたので、今では花見の名所になっています。何か新しい公共空間づくりみたいな動き、新しい街づくりの萌芽が感じられますよね。やっぱり、それぞれの地域特性に合った広場が必要なんですよ。

團:会所地が消えたあと、周囲を塀で囲んで囲い込み、私有地にするというのが日本の家の建て方になっていきます。ところが、都市の人口が増え、稠密化してきて、もっと充実した都市空間を創るためには、広場のような公共空間がまた必要になってきた。それもヨーロッパの模倣じゃない、日本独自の発想による公共空間、その新しい文化やデザインが海外に出ていくようになれば面白くなると思います。

■ デザイン

石原:青山通りや原宿に限らず、全国どこの街でも住んでいる人たちが街づくりに関心を持ち、お互いに競い合うような状況になるといいですね。そうならないと本当に良いものは出てこないと思います。

井口:青山・原宿が動き出し、渋谷も都市再生が目の前。丸の内・六本木・お台場なども、うかうかしていられない状況になるかもしれません。

石原:汐留はどう思われますか? それぞれは良いけれど、街としてのまとまりは…

團:指揮者、あるいは料理長がいない。そんな印象がありますね。汐留に限らず料理長は必要です。それから、街を足し算だけで美しくするのではなく、引き算で美しくすることも考えないといけない。そのためにはデザインの質やレベルを上げてほしい。

石原:それはどういうことですか?

團:建築の間の空間、パティオや道路空間の質を高めることです。たとえば青山通りの界隈には、世界に誇れるデザイナーが沢山います。そういう人たちが市民のために、もっと街づくりに参加して、デザインレベルの高い都市空間を創造する喜びや、新しい青山通りを創造する誇りを皆で分かち合ってくれたら嬉しいし、そうなることを心から待ち望んでいます。

石原:今日はすごいインスピレーションをいただきました。住民・来街者とともにデザイナーが街づくりに参加する。これは他に類を見ないメッセージになりますね。これをもっと大きく打ち出していったら良いと思います。私たちは、街づくりに対しての固定観念がありますから、どうしても建築や都市計画の専門家にお任せしてしまうのですが、もっと柔軟に考える必要がありますね。青山通りが先がけになることを期待しています。

井口:石原さんも、専門家として青山通りのホームページを見て、ぜひご意見をお寄せ下さい(笑)。

●井口典夫 Norio IGUCHI
青山学院大学教授。1956年東京都生まれ。1980年東京大学卒業。同年、国土交通省入省。1998年青山学院大学教授。近著に「現代交通の実証分析」(1998年青山学院学術褒賞)、「地域振興の要件と発展段階」ほか。政府の各種委員会委員や都市計画審議会委員を歴任。渋谷宮益坂周辺地区まちづくり協議会、原宿神宮前まちづくり協議会、青山通りと街並みの景観を考える会の設立に関わり、それぞれ代表等を兼務。国土交通省の「道と景観の会」発起人。
●團紀彦 Norihiko DAN
建築家。1956年神奈川県生まれ。1982年東京大学大学院修了、1984年イェール大学建築学部大学院修了。1994年團紀彦建築設計事務所設立。近作に上林暁文学記念館、日吉コミュニティセンター、西京極総合運動公園プール施設ほか。1995年JIA新人賞、1999年日本建築学会賞(業績賞)受賞。

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