メディアに掲載された石原伸晃関連記事を以下よりご覧頂けます。

世界を照らす「独立自尊」
練習は不可能を可能にす
慶應義塾大学
塾員インタビュー
慶應時代に自分の“芯”築く
◇石原先生は普通部から慶應に入られましたが、慶應にはどのような思いがありますか。
◆私は、小泉信三先生の「練習は不可能を可能にす」を座右の銘にしています。これは選挙とも非常に共通点があって、成せば成る、努力を積み重ねていけばどんな山も越えていける。このことを端的に言い表している言葉だと思います。選挙というのは、当選するかどうかなんてやってみないとわからない。だから、この言葉を励みに歯を食いしばって頑張りました。小泉先生の言葉に限らず、慶應で教わったことが今の私の芯になっています。
バンカラの少林寺拳法部
◇大学当時の思い出は?
◆私は少林寺拳法部にいたけれど、当時はまだ、バンカラな気風というのがあって、今では考えられないようなことをやっていました。河原で一日中正座させられたり、雨が降ると運動靴が汚れるというので裸足で走ったり。一年生の夏合宿では夜逃げをするものもいました。大会に出ても、勝たなくてもいい、根性だけ見せてくればいいなんてね。
◇試合の成績はどうだったのですか。
◆全日本でも、午後の本戦になる前に、午前中でだいたい負けてしまいました。防衛大と早稲田と慶應で対抗戦を組んでいたのだけれど、防衛大は当時部員が100人ぐらいいるのに比べ、こちらはたった10人ほど。試合する前から、勝てるわけがないと思いましたよ。ただ、私が監督になった頃から、慶應は強くなりました。昨年は、世界大会で見事優勝しました。
◇勉強の方はいかがでしたか。
◆大学では、最初、江戸文学を勉強していたのだけれど、「それじゃ、お前就職できないぞ」と父親に言われ、二年生から社会学に変えました。シカゴ学派の都市社会学を研究している有名な先生がいて、その先生のゼミに入りました。すごく分厚い英語の本を渡されて、二週間に一回くらい自分の発表の番が回ってくるのだけれども、それを訳して、ゼミのみんなに説明するのには苦労しました。
◇現在、慶應塾員が政界でも大変活躍していますが。
◆結構、塾員は与野党多くなっているよね。政界にもいろいろな三田会があって、これが面白いのだけれど、一番若い人が幹事をするんだ。僕も若かったから、当選して五、六年は幹事をしました。自分より年齢の若い者が出てこないと、幹事を譲れないんだよね。
現在の日本に必要な機動力
◇現在のお立場から見て、日本の政治構造のどこに問題があるとお考えですか。
◆私は就任以来、特殊法人の民営化、廃止・統合の推進に取り組んできました。一昨年の暮れに、道路公団、石油公団、住宅金融公庫、都市基盤整備公団など、ほとんど全ての特殊法人の廃止・民営化が決定しました。昨年は特殊法人改革法案が成立して、49の法人を、38の独立行政法人と7つの民間法人に再編成しました。これらを一度に整理するというのは従来にはなかったことだけれど、小泉首相になってかなり大胆なことができたんです。しかし、ここで問題となるのがそのスピードです。半年かかってグランドデザインが決まると、まず与党の了解を得ないといけない。それから法律案が作られ、国会を通ったのは昨年のことで、具体的な施行は秋からとなる。道路公団の民営化については、再来年から。もちろん民主主義の国だから立法府で法案を通さないといけないのだけれども、フランスのような、もっと行政の権限の及ぶ範囲が広い国だったら、いちいち立法府に諮る必要もなく、物事が早く進む。しかし日本は非常に時間がかかる。それはある意味では、民主主義を重視しているという良い面でもあります。しかし、急激な変化が伴う現代においては、日本の意志決定システムにはもっと機動力が必要です。現在の日本には、それが非常に欠けています。スピード感のないところが、日本の行政の、最大の問題といえます。
自慢できるものを見つけよ
◇最後に、新入生にメッセージをお願いします。
◆是非この四年間、自分の好きなことを何か一つ見つけてほしい。それは、勉強でも、スポーツでも、趣味の世界でも何でもいい。これだけは、誰にも負けない、これだけは自慢できるというものを、この大学四年間の中で見つけてもらいたいと思います。
