マスコミ語録

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「これが男のロマンだ」と父が言い

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'70年春、ネパールのカトマンズにて撮影。左より父・慎太郎(37歳)、私(12歳)。右端が三浦雄一郎氏

32年前、父と二人きりで行ったヒマラヤへの旅。親子二人での旅行は、きっとあれが最後になるだろう。お互い忙しい身で、都会で会うことすらままならぬ今、思えば実に貴重な体験だった。プロスキーヤーの三浦雄一郎氏がエベレストをスキーで滑降するという大冒険を行う時、その遠征隊長をかって出た父は、その旅に私を同伴したのだった。子ども心にもそのチャレンジはあまりにも無謀に感じられたが、父は熱く、

「これが男のロマンだ」

と語った。その姿はいまでも私の心にしっかりと焼きついている。

父はあえて私を子としてでなく、一人の男として扱い、ヒマラヤへの旅の3年前に行ったベトナムで、戦争の渦中に飛び込み感じたことを旅の道すがら語ってくれた。一国の指導者が方針を誤ると国は滅びる、そう思ったから政治家として立ったのだ、という父の言葉は参院選の際の白いブレザー姿とあいまって、私の心のなかに政治家という職業を鮮やかに印象づけた。私たち4兄弟にとって父は、父親というよりも、わがままだけれども話せる一番上の兄貴、というような存在だった。たまに帰ってきた父と夜更けまで興じるバスケットボールは、就寝をうながす母の声が聞こえてくるまでのわくわくするイベントだった。父は現在、都知事の職にある。

「東京から日本を変える」

と力強く言い切って、次々と斬新な政策を打ち出してゆく、自信に満ちあふれた父の目が、32年前、エベレストを指差し、男のロマンを熱く語っていた時と重なる。それは困難であるほど輝きを増す、新しいチャレンジへ立ち向かう男の目だった。 私も負けてはいられない。

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