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Men's EX メンズ エクストラ 9月号
M.E.LIFE 魅力的な男の知的生活
行政改革・規制改革担当大臣 石原伸晃

大臣室執務机の前で。ざっくばらんな明るい人柄が魅力。
「忙中閑あり」とはなかなかいかないのが、政治家である。冠婚葬祭、テレビ出演は当然のように土日に集中する。ましてや、新任の国務大臣ともなれば多忙ぶりは尚更のこと。ハッピーマンデー法が可決され連休が増えても、閣僚の休みが増えることはない。小泉政権下ではタウンミーティングも休日中心に全国各地で開かれている。

そんな事前情報を得ているから「国のためにどう息抜きをしていますか?」とはなかなか聞きづらい。
しかし、ライフスタイルの価値を認めている伸晃氏は、「ぼくの選挙区は東京ですから、夏はやはり東京を出て、海のほうに行きたい。去年から、サーフィンに凝っているんですよ」という風に自然な態度で接してくれる。
石原伸晃氏といえば、少林寺拳法。どちらかと言えば硬派イメージの人だった。いくら湘南育ちでも、趣味=サーフィンでは写真週刊誌あたりに一枚撮られて「行革担当大臣が波乗り」とか「荒波に呑まれるサーファー大臣」とはやしたてられるのが目に浮かぶ。でも目下のサーフィン志向には、それなりの深い訳があるようだ。
「大学4年のときの少林寺の試合でノックアウトを食らって板の間に頭をぶつけたんです。どうもそれが長年の偏頭痛の原因らしくて…。逗子で生まれたせいか、素朴な所に行くと元気が出て来るんです。ところがプライベートな時間は、大臣になる前も今も同じで非常に少ない。船で沖合に出るのも好きだけれど、みんな忙しいから人数集めてというのがなかなか難しいんです。で、何が最適なのかと考えていたら、うちの一番下の画家の弟がサーフィンを去年始めて、『兄貴、サーフィン、面白いよ』と…」
海にはまだ2度しか行けてない。しかし波に呑まれたことで劇的に偏頭痛が消えた、と伸晃氏。
「海水をガボガボ飲んだときのイオンが良かったんでしょうね、きっと。医学的な根拠はないんですけど、偏頭痛が治っちゃった。動機が凄く年寄り的で嫌なんだけど(笑)、大臣になってからはまだ一度だけです。雨が降っていたから剣道六段のSPには可哀想なことをしてしまいました」
国務大臣の日常は、肥満を呼び込む。好きな自転車にも警備上の関係で乗れなくなったし、スポーツクラブでの水泳もままならない。

「気をつけていないと、4キロぐらいすぐです。ポール・スチュアートでもAの8が着られなくなったら危ないでしょ、お店にはそれより上のサイズがないわけだから。数年前にお腹がぽこっと出て、政治家体型の79キロになってしまったんですよ。そうなるとテーラードの重い背広しかカラダに合わなくなってしまいます。イタリアンサイズで52になると吊しもなかなかないんです。今、気に入っているのはアニエス・ベーとかカナーリかな。吊しがいいのは何と言ってもこの軽さですね」
お洒落遍歴を改めて聞いてみると、トラッド出身であることが分かる。
「若い頃はもっぱらポール・スチュアートや、ブルックス ブラザーズでした。太り気味で今より髪の毛も短くてね。10キロ落としたのは、5年くらい前です。痩せたあとはヒューゴ ボスでちょっとしたイメージチェンジをはかりました。そうしたらボスを着る政治家が沢山出て来て、今では専門店以外のデパートでも売っていますものね」
大平内閣時代の'79年に話題を集めた半袖・省エネルックから22年。「衣」に関する現在の政界リーダーは、伸晃氏なのかもしれない。
政治家が自分を語る上で難しいのは「食」。有名料亭の一件で前総理は明らかに反感を買ってしまった。

「ぼくはもう、もっぱらお蕎麦、寿司。新婚旅行にイタリアに行ったくらいですから、イタリアン、フレンチも好きでした。だけど最近はもう和食傾向が強くなって、ファストフードのハンバーガーを食べたのは11年前の最初の選挙のときまで。2度目の選挙のときはおにぎりになりました。お酒も20代の頃ほど飲めなくなって、今は、日本酒だったら2合、水割り3杯、ワインならボトルの半分ぐらいかな。雑誌で探すのは、イタめしの特集とカウンター和食の美味しいところ。それも“そこそこの値段”がポイントでね。高いだけの店ならいくらでもありますから」
「住」に関しては、「バブル期に住宅ローンを組んで失敗した典型的な世代」と告白し、「贅沢しているのは二つだけ。一つは事務所の8人掛け会議用テーブルで、もう一つは横浜の業者に作ってもらった畳のダブルベッド。どちらも清水の舞台から飛び降りる勢いで頑張って買いました」と語る。
だが、その会議テーブルは、昨年11月の加藤政局の際にも使われたもの。固めの盃ならぬ“固めのマティーニ・グラス”で離党を覚悟した曰くもある。
栴檀は双葉より芳しを地で行く小学校時代のタイ、カンボジア、ネパールへの旅、大学時代の10か月間のアメリカ留学体験と忙中の秘話は尽きない。ひどく疲れているはずなのに周りにそうした感じを与えないところが人徳なのだろう。最近の唯一の趣味は「浅田次郎さんの小説を読みながら涙すること」だと言う。
叔父にあたる故・裕次郎氏の享年は52歳だったが、人生の節目は60歳にあると考えている。現在44歳の伸晃氏の長男はまだ1歳。成人するまでの引退はちょっと考えられないそうである。
(文・佐山一郎 撮影・山下亮一)

