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連載対談#7
河村隆一 VS 伸晃
MUSIC CREATOR 8-9 vol.7

いま、政治が熱い!
「これからの日本の行方はどうなる?」
「どうしていくべきなのか!?」……
これまでにない高支持率の小泉内閣。
そこに寄せられる国民の意識と、
それによって吹きつつある新しい風。
その震源地=国会に河村隆一が足を踏み入れた。
行政改革・規制改革担当大臣石原伸晃氏との対談ここに実現!
河村:「僕、政治のことはあまりわからないんですけど、今日はよろしくお願いします」
石原:「僕ね、昨日ずっと考えてたんですよ。なんで河村さんの歌が若い女性に人気があるのかと。で、出た結論が、これはある意味癒し系なんじゃないかということだったんです。今流行ってる音楽には何を言ってるのかわからないものも多いけど、河村さんの歌詞は入ってくるよね。すとんとクリアに」
河村:「けっこう年齢層の高い方たちも聴いてくれてるんですよ」
石原:「40代の人たちっていうのは、歌詞を求める世代ですから、河村さんの音楽にある種のリバイバル感を感じてるのかもしれないね。僕もそうですけど、いわゆるユーミン世代だから」
河村:「荒井由実さんの頃ですよね」
石原:「そう。ビートルズが終わって荒井由実さんが出てきた頃の世代です。ちょうどその頃にあたる70年代の初期、アメリカでなんの変哲もない映画が流行ったんですよ。『ラブストーリー』(邦題『ある愛の詩』)って知ってますか?」
河村:「いや、知らないです。どんな物語ですか」
石原:「有名私立大に通う富豪の坊ちゃんとパン屋の娘である女子大生が、何かのパーティーで知り合って結婚しようとするんだけれども、富豪の方の親が猛烈に怒って、そのうち女の子の方が白血病になって薄命に終わる。もう、すごいシンプルな物語」
河村:「日本でいうと“赤いシリーズ”みたいな」

石原:「そうそう(笑)。でも、そういうものってコンフューズした世の中のなかできっと求められるんだと思うんですよ。70年代もコンフューズしてましたけど、今はさらにグチャグチャですからね。河村さんの作品は、『Love is……』にしても『LOVE』にしても、シンプルじゃないですか」
河村:「メッセージはシンプルですね」
石原:「そういうものが求められる時代なんじゃないかなと思うんですよ」
河村:「いろんな作品を聞いてくださってるんですね。ありがとうございます。うれしいです」
石原:「僕のおじさんは、芸能人だから(笑)。河村さんは、僕より一世代若いんですよね」
河村:「今年31歳です」
石原:「音楽的にはどういう世代なんですか?」
河村:「もう新しい楽器はこれ以上生まれないってなった頃に音楽を始めた世代ですね。シンセサイザーが劇的な発展途上にあったときにはいろんなことがあったから、新しい音楽を作りやすかったというのもあったと思うんです。僕らの場合は、もうでき上がっちゃった土壌の上で、音楽をミックスして作ってるみたいなところがありますよね」
石原:「なるほど。僕が初めてシンセサイザーを見たのは中学のときでしたね。冨田勲さんの息子と僕、同級生で、よく家に遊び行ってたんですよ。それで、そこのおばちゃん、つまり冨田さんの奥さんに、“このデッカい箱のヤツ、いくらするの?”て聞いたら、もうびっくり仰天の値段で(笑)。30年以上前のことですけどね」
河村:「アナログ・シンセのころですよね」
石原:「とにかくデカいんですよ。冨田さんはそれをいろいろと操作して見せてくれて、ウワー、すごいなあと思いました。河村さんなんかは、そういうものがもう全部誰でもいじれるっていう世代なんでしょうね」
河村:「そうですね。今はもう、そのデカいシンセサイザーの機能が、手のひらサイズのもので再現できちゃう時代ですからね。話をうかがってると、石原さんも音楽にずっと興味を持たれてたようですけど、バンドをやられてた時代ってあるんですか」
石原:「中学時代にやってましたね」
河村:「何かのコピーとかされてたんですか」
石原:「いや、その頃は8ミリで映画を作るのが流行ってて、そんなののバックをやったりしてました」
河村:「石原さんは、育った環境自体がエンターテインメントの世界と密接に関係ありますもんね」
石原:「でも、もう河村さんなんかは知らないでしょ。うちのおじさんとか」
河村:「いや、存じてますよ」
石原:「浅丘ルリ子さんとかも。本当にきれいだったんですよ。初めて見たときすごい衝撃だった(笑)」

河村:「ところで、裕次郎さんと言えば海ですけど、石原さんもサーフィンおやりになるんですよね。どちらに行かれることが多いんですか?」
石原:「辻堂とか千葉の和田ですね」
河村:「ロングボードですか?」
石原:「ええ、年ですから(笑)」
河村:「辻堂には僕もずっと行ってましたよ」
石原:「あそこは、ローカル、キツくないんじゃないですか」
河村:「そうですね。ローカルのキツいところは面倒くさいですよね。癒されに海に行ってるのに、ギスギスして帰ってくるということになりかねなくて」
石原:「そうですよ。本来海は癒しですから。マイナス・イオンが出てるからいいんだって言いますよね。僕は社会人になってからずっと偏頭痛に悩まされていたんですけど、一番下の弟の勧めでサーフィンを始めてからはだいぶよくなりました。といっても、胸以上は怖くて沖へは出られないんです(笑)。河村さんは海をテーマにした歌は書かないんですか?」
河村:「一応あるんですよ。“BEAT”っていう曲には、海っぽい歌詞があったりします。僕、大和出身なんで、湘南周りには小さい頃からの思い出がいっぱい詰まってるんですよ」
石原:「そうなんですか。僕は逗子生まれです」
河村:「いいですね」
石原:「でも、昔は何もなかった。おもちゃ屋1軒、パン屋1軒の町でしたから。今、千葉の南の方に行くと、昔の湘南ぽいなという感じがしますね。何もなくて。だから癒されるんですね、きっと」
河村:「場所の話が出たんでお聞きするんですけど、たとえば将来、政治の世界から離れたとき、ここに住んで、こういう生き方をしてみたいというようなリタイア・プランはありますか?」
石原:「考えてますよ」
河村:「そうですか、やっぱり」
石原:「残念ながら、ミュージシャンにはなれないなとは思ってるんですけれども(笑)」
河村:「どんなことを考えられてるんですか」
石原:「学校の先生になろうかなと思って。どこで教えるかによって住むところは違うと思うんだけれども、まあ、僕は逗子で生まれたから逗子に戻ろうかなとは思ってます」
河村:「何を教えるんですか?」
石原:「僕は今、行革というのをやってるんですけれど、専門は経済なんです。ですから、政治と税や金融をからめたポリティカル・ミックスな話をしてみたいと思ってるんです。今でもたまに、大学側から何コマか持ってくれと呼ばれて行くことがあるんですけど、面白いなと思うのは、僕らが学生のときよりも生徒さんが子供に見える。それは僕が年取ったせいもあると思うけど、全体的に日本人が子供化してるみたいな感覚はありますよね。河村さんも、31歳じゃまだ若いっていう感じがするでしょう?」

河村:「そうですね。実は僕、30歳の誕生日のときに、ようやく成人したなと思ったんです。もちろん20歳を過ぎたら大人の自覚を持たなきゃいけないとわかってはいたんですけど、実際の感覚は子供のままで、でも社会からは大人として見られてるというところがありました。幸い僕は音楽に支えられてたんで、ヘンなことにはならなかったですけど(笑)。 ここからはちゃんとしないと笑われるぞというようなことを思ったのは、30歳になってからですね」
石原:「そのころ、LUNA SEAは解散しちゃったんですね。14〜15年やってたんですか?」
河村:「インディーズの頃を合わせて12年ぐらいです」
石原:「始めた当初が、一番楽しかったんじゃないですか」
河村:「そうですね。本当に何もないところから始めて、1人でも多く友達の友達をお客さんにするという感覚でチケットを手売りしてましたから」
石原:「河村さんが初めてライブを経験したのは、どんな場所だったんですか?」
河村:「これはLUNA SEAではないんですけれど、市民会館みたいなところを借りてやりました」
石原:「ライブスポットじゃなくて?」
河村:「学区の仲間とかと市に申請に行って、貸してもらうんですよ」
石原:「で、券を売って?」
河村:「はい。だから対バンをいっぱい集めるんですよ。その売り上げでP.A.のレンタル代とかを相殺し、足らなければその分を各バンドから徴収する。もちろん、自分たちでビラを作って宣伝もする。いわゆる興業の始まりですよね。僕、高校をドロップアウトしてるんですけれども、そういうことを通じて、エンターテインメントの根本を学んだような気がします」
石原:「なるほどね」
河村:「せっかくなので、ここで政治家としての観点からのお話をおうかがいしようと。僕は本当に政治のことはよくわからないので、間違ったことを言ってたら申し訳ないんですけど、たとえば政治家の方たちがドクターだとして、日本の体力を見たときに、ヤバい、じり貧だと思って、お金をどううまく使うベきか、もしくはどうやって集めたらいいかということを考えるわけじゃないですか。でも、僕らっていうのは、そういう大局的な問題にたどり着く前に、何でこんなに所得税をとられるんだろう、なんて話してるわけです」
石原:「高額納税、ありがとう(笑)」
河村:「いやいや、とんでもないです。で、ヘンな話、どうせたくさん税金とられるなら、収入は抑えたほうが働く量も減るし、楽なんじゃないかとか思ってる人たちもいると思うんですね。日本という国はそのへんに対して、どういう考え方を持っているんですか?」
石原:「日本は、真ん中の層に合わせて、高所得者を迫害してきたと思いますね。ある意味、かなり社会主義的な要素は強いんじゃないかな。だいぶそれ、改善したんですけどね。たとえば、以前は高所得者の税率は75%だったのが、今は50%まで引き下げられてるんですよ。アメリカでもイギリスでも、やっぱり最高税率を下げる方向にあるけれども、日本の今のポリティカル・パワーでは、もうこれが精一杯。僕はずっと税制をやってきたのでわかるんだけども、ここまで下げてくるので、ハーハー言ってるという感じなんですね。ところが、地方へ行って話を聞いたりすると、今でも消費税を下げて所得税を上げてくださいということ言う女性が多いんですよ。“いやあ、そんなことをしたら、お母さん、一生懸命頑張ってる若者が働く気をなくしちゃいますよ”って僕は言うんだけど」
河村:「そういう世論は、やっぱり無視できないというスタンスなんですか?」
石原:「要するに、何かグローバルスタンダード的なことをやろうとしても、“それは金持ち優遇だ”っていう誰かの一言で、一斉に“金持ち優遇はけしからん”となる。僕の友人の渡辺喜美さんみたいに、金持ちに金を使ってもらわなかったら、誰が金を使うんだみたいなことをいう政治家が出てきたんだけれども。まだ絶対数は少ないんですよ」
河村:「僕なんかは、夢がどんどんふくらんでって、もっとたくさんの人に聞いてもらいたい、もっと人を集められる人間になりたい、もっといい音楽を作りたいと思ってずっと進んでいくと思うんですけど、じゃあ将来どこに住むんだっていったときに、たとえば家を作るとするじゃないですか。でも、その後に固定資産税とかを払い続けなければならなくて、その生活を維持すること自体がノルマになっていってしまう。だったらもうちょっとベーシックに、最低限のスペース、最低限の収入の中で、できるだけ休日をふやして人間らしい生活をした方がいいんじゃないかと思ったりもするんですよ」
石原:「若い人は、広い家でも買ってもらって、そこで派手に暮らしてもらった方が国家的には助かるんだけれどもね(笑)」
河村:「ただ、僕が今話してたことはどちらかというと個人的な問題だと思うんですよ。本当の問題は、もし国の体力が本当にヤバいのであれば、それをどうしたらいいのか、ですよね」
石原:「アメリカで8年ぶりに政権をとった共和党は、10年後には相続税をなくすと言ってる。オーストラリアではもうすでに相続税がないんですよ。そうすると、若いサクセスフルなヤツらは、“もう日本にはいたくない”ってなるよね」
河村:「そういう考えもありますよね」
石原:「でも、それは国にとってはすごくマイナスなことですよね。そういう僕もカラッとしたハワイにマンション買おうかなんて考えますけど、いつも行って1週間も過ぎると日本のことが心配になっちゃう。選挙区はあるし、誰か死んでるんじゃないかとか、何か仕事がたまってないかとかね。結局グルグル回りで考えると、やっぱり日本のどこかでそこそこに暮らすのが一番幸せかな、なんて思ったり」
河村:「僕も同じで、税金を納めるたびに周りのブレーンなんかと、将来海外に住むっていうのはどうだという話をするんですけど、やっぱり僕も根本的にすごく日本人肌なんで、だめなんですよね。別荘を持ったとしても、多分年に1ヵ月も行けないんじゃないかと思うんです」
石原:「特に河村さんなんか芸術家だから、スタジオを海外に持ったとしても、やっぱり日本に戻ってくるよね。僕の友人で千住博といってベネチア・ビエンナーレで日本人で初めてグランプリとったヤツがいるんだけども、オフィスはニューヨークで、ニュージャージーに家を買って家族と住んでるんですよ。ペインターの世界のメイン・ストリームは、今完全にロンドンとニューヨークなんですって。だからそこでインスパイアされながら創作は続けてるけど、彼はやっぱり日本に戻ってくる。なぜかというと、日本が好きだからなんですよ」

河村:「なんかそれはすごくわかりますね。石原さんはこれから国を変えていかれる方ですけど、その観点から、お金をこう使った方がいいんじゃないかというのはありますか?」
石原:「一番ありがたいのは国債を買っていただくことですね。でも、リスクマネーで損してもいいと思うんだったら株式だよね」
河村:「日本ですか、海外ですか?」
石原:「日本です。今、底値だから。要するに、日本の会社の株を買うということは、日本の経済を買うということですから。僕は政治家になるまではコツコツ株をやってたんですよ。でも、政治家になるとそれを公表しなきゃならないですよね。すると、株式を運用してることがまるで悪みたいな見られ方をしてしまう。でもそれはポイントがズレてるんで、そこは改めなければいけないと思ってるんですよ。もちろん、インサイダー取引はダメですけどね。僕は、潜在成長力の高い企業がまだまだたくさんあると思ってます」
河村:「この企業だったら伸びるんじゃないかと見通しを立てて投資をすると」
石原:「長い目で見てね。河村さんは、別にそれを売買して儲けようってわけじゃないと思うから」
河村:「最後に僕からのお願いとして申し上げるんですけど、日本をよりよく変えていくために、もっとバリバリ本音でいってほしいなと思ってるんです。たとえば、先ほど話に出た、株を持つことが本当は悪いことじゃないというのなら、堂々と胸を張ってやってほしい。その方がリアリティーがあるし、若い人たちも、アッ、この人、本音だな。ここまではっきり言うならやってくれるんじゃないかっていう期待も持てると思うんです」
石原:「まず本音と建前というのをなくしていかないとね。音楽業界にもあるんじゃないですか?」
河村:「あり過ぎるんですよ。それをブチ壊していかないとダメですね」
石原:「頑張ってください。頑張ってくださいって、払が頑張んないといけないんだ(笑)。河村さんももし音楽に飽きたら、国のために働いたら」
河村:「いやいや、とんでもないです。場賑わしにはなるでしょうけど(笑)。生意気言って申し訳ありませんでした。今日は本当にありがとうございました」
- 【かわむらりゅういち】
- 92年5月にLUNA SEAのヴォーカルとしてメジャーデビュー。14枚のシングル、6枚のアルバム、そしてライヴにおいては数々の伝説を残し、昨年12月26・27日のTOKYO DOME講演にて“終幕”。以降、ソロ・アーティストとして精力的に活動。

