メディアに掲載された石原伸晃関連記事を以下よりご覧頂けます。

改革担う四天王
内外に敵あり
前進できるか
既得権、既成概念に
立ち向かう4閣僚
臨時増刊
AERA No.31 7/10号
小泉首相が改革断行のため入閣を懇請した。
派閥順送り人事では、なかなか起用できない面々。
「構造改革」を唱える学者、発言力と破壊力ある若手、
それに、派閥出身の重鎮も忍ばせた。
キーパーソンのお手並み拝見 一一。
石原伸晃
「壊せ」。それが首相からの特命だった。
「しがらみなし」を武器に正念場を迎える。
「新しい秩序を作ることが仕事だと思っていました……」
酒で赤みを帯びていた石原行政改革・規制改革担当相の顛色が変わった。
5月23日夜、首相公邸で小泉首相、父親の石原慎太郎東京都知事と酒を酌み交わし、両氏から、
「大臣としてのお前の仕事は『壊すこと』だ」
と言われた時のことだ。
まず「壊す」ことが、伸晃氏に託された宿題になった。
4月の自民党総裁選で小泉首相を支持した伸晃氏は、「ミスター行革」と言われた橋本龍太郎元首相の後任大臣に就いた。今回の行革の柱である特殊法人、公益法人改革、公務員制度改革、規制改革に取り組む。小泉首相からは、
「行革には大きな抵抗がある。すべて俺にもってこい。俺がやる」
と言われ、自らを「行革の前線司令官」と任じている。6月下旬には、まず特殊法人改革で、全法人を対象にした事業見直しの報告をまとめた。今年度末には個別法人の存廃を含む具体論をまとめる予定だ。それに向けて7月の参院選以降、具体化作業を進める。
90年の衆院選では無所属で旧東京4区かた立候補し、初当選を果たした。親の慎太郎氏、叔父の故石原裕次郎氏の「知名度」は大いにプラスに働いた。
その後自民党入りし、森派の前身の旧安倍派に所属。98年の党総裁選後に無派閥となり、のちに加藤派に移った。
議員になってから金融財政政策や税制などを専門に活動し、98年秋の「金融国会」で頭角を現す。
自民、民主両党の若手・中堅議員とともに、官僚に頼らず金融システム安定を目指す金融再生関連法をまとめ、「政策新人類」と呼ばれた。昨年6月の総選挙後には、
「大幅な議席減なのに、党執行部の総括は不十分だ」
などとして、党内の若手議員と「自民党の明日を創る会」をつくって批判を繰り広げるなど、党内、「過激派」のひとりである。
昨年秋、加藤派の加藤紘一会長が、森内閣への不信任と後継に名乗りを上げた「加藤政局」では、加藤氏を支援した。が、加藤氏が内閣不信任決議案の採決に欠席する「腰砕け」で、同派が分裂したのに伴い、再び無派閥に。
総裁選での小泉支持は、95、98年に続いて今回で3回目の筋金入り。
「国民の政治への関心を呼び戻した加藤政局からの流れが小泉首相の圧倒的な勝利につながった」
行革には族議員や官僚らの激しい抵抗が予想される。それを抑える腕力や調整力は橋本氏らには及ばず、実行力に疑問を示す声もある。しかし、逆にしがらみの少なさは「気兼ねや遠慮をしない」という武器にもなる。
現に、作家の猪瀬直樹氏ら民間人で構成する「行革断行評議会」を立ちあげ、作業状況を世論に問う体制をつくる一方、事務局にも民間人を多く入れた。「新人類」仲間で、当初は「行革副大臣」の呼び声もあった根本匠衆院議員が自民党行革推進本部の事務局次長に座った。新たなプレーヤーを巻き込み、世論を味方に仕事を進める手法だ。根本氏は語る。
「彼は勘がいい。孤立させずに支える」
5月23日夜の公邸での会合は慎太郎氏が小泉首相にこんな言葉をかけて終わった。
「頑張ってくれよ。そうじゃないと新党をつくらないといけなくなる」
難しい行革をあえて若手に任す賭けに出た小泉首相。行革の成否は政権の行方に直結する。
「党で行革に取り組んだときは『もっとやれ』とガンガン言うだけだったが、今度は成果を形にしないと」
と入閣早々に漏らしていた伸晃氏。有言実行が求められる。
(政治部 宮崎太介)

