メディアに掲載された石原伸晃関連記事を以下よりご覧頂けます。
日本経済起死回生
トータルプラン
負の連鎖を断ち切るサバイバル政策
石原伸晃 塩崎恭久 根本匠 渡辺喜美
■第三章 日本は自立した福祉国家を目指す
●赤字財政による景気下支え策の終息 石原伸晃
<政局は財政再建から社会保障にシフトする>
前章までで分かっていただけたと思いますが、我々四人が提示した政策は、日本経済再生のための究極のサバイバルプランなのです。これまでの自民党の派閥の力学の中では、なかなか我々の政策は取り上げられないのが現実でした。しかし、ぎりぎりの剣が峰で、天は小泉総理という巧みな配剤をしてくれました。そして史上最高の支持率という応援歌までプレゼントしてくれた。
では今後はどうなるのか。小泉内閣のもとで、この究極のサバイバルプランを実現するために全力を傾けるのは言うまでもありません。しかし、そのプロセスでもっとも難しいのは、いわゆる痛みをともなう政策にどこまで国民の支持を得られるかということです。その時に欠かせないのが、この痛みの向こう側に何が待っているか、日本はどんな国になっていくのかという将来への展望です。小泉総理は所信表明で、「米百俵」の長岡藩の話を引用しました。目先を取り繕うよりも、将来に向かって永続性のある政策をやっていくと明言したのです。枯れ木に花を咲かせましょう的な、ばら撒き型の政治に対するアレルギーが、既に国民の側に出てきています。いくら花を咲かせてくれても、みんな花粉症でクションクションで、もうやめてよ、そんな花の咲かせ方はといった感じなのではないでしょうか。

言葉を換えれば、国民がこれほどまでに小泉さんを支持したのは、財政赤字によって景気を下支えするような政策は、もう限界だと知っているからです。経済が右肩上がりだった時のような大盤振る舞いはもうできない。限られた財源を、真に必要なところに、効率的に配分するしかない。すると必然的に先ほど述べた、質的な構造改革、すなわちこれまでタブーとされてきた社会保障・公共事業・地方交付税の三つに切り込んでいかざるを得ない。特に社会保障の問題は切実です。国民の多くが自分の老後に不安を持っている。国は頼りにならないと思い始めている。いま、年金・医療・介護という三つの問題に対して、総合的に取り組み、現状を改革しなければ、これまで日本を支えてきた社会保障システム全体が破綻しかねません。しかし、現在の社会保障システムは、戦後半世紀にわたり私たちの老後を支え、有効に機能してきたからこそ、かえってシステムそれ自体が膨張し、増殖を繰り返し、既得権益が複雑に絡み合った巨大機構と化しています。そんな相手だからこそ、リフォーマーである小泉総理の本領が発揮されるはずです。この分野でも、小泉さん流の政治手法を、時代が求めているのです。
たとえば、今後医療費の問題に切り込んでいこうとすると、開業医の地位を守るのか、それとも日本の医療制度自体を見直すのか、みたいな話が必ず出てきます。薬価はどうするのか、診療報酬、かかりつけ医、非効率的な国立病院の問題など、解決すべき問題は山積しています。これにどう切り込んでいくか。それはじつは極めて自民党的なものに対する大きな挑戦です。しかし、それを自民党員を含めた国民は、拍手喝采して見ているのではないか。そんな気がしています。
<「自立した福祉国家」を日本の将来像とせよ>
それでは、こういった社会保障システムの改革を通じて、小泉内閣が目指すべきものは何か。言い換えれば、日本の目指すべき社会保障システムとは何か。私は、そのキーワードは「自立した福祉国家」であると考えます。そして、その原点はあの「土光臨調」にさかのぼります。
いわゆる行革を含めた構造改革というのは本当に長い長いテーマで、私は政治の世界に入る前の記者時代に中曽根政権下の土光臨調を取材しました。その時じつは、この国のあるべきかたち、日本の将来像、目指すべき姿の議論がかなり活発になされていたのです。昭和五十年から六十二、三年にかけてのことです。ところが、それ以降はそうした、これからの日本のあるべき姿について、国を挙げて議論をしたことはありません。
言葉を換えますと、日本の目指すべき姿という議論が現実経済の繁栄を前にして忘れられてしまったのです。一九八五年のプラザ合意のあと、日本が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ともてはやされ、日本のシステムが戦後のこの繁栄を切り開いたと評価され、バブル経済も経験し、経済のほうにすべて目が行ってしまって、この国のあるべき姿というものの議論が横に追いやられていたような気がしてならない。
改めてこの二十一世紀、どういう社会を政治は国民と一緒になってつくっていくのか、この国のあるべき姿とはなんなのかという議論がもう一度必要な時にきています。それを考えるにつけ、私はかつて土光臨調で議論された「活力ある福祉国家」という言葉が今も生きているという感じがします。土光臨調では、誰もが公正な競争ができる社会。誰もがチャレンジするチャンスを持てる社会。そして簡素で、効率的で、ハンディキャップを持った人も、社会レースに参加できる社会。こういう提言がなされていました。
その臨調の頃の議論を、私も追っかけてみたのですが、議論の当初は、「豊かな福祉国家」というようなものが、日本の将来像として念頭にあったようです。しかし考えてみると、この豊かなる福祉国家を達成するためには、福祉によって、ハンディキャップのある人たち、あるいは力が弱い人たちを盛り立てるために、莫大なお金を費やさざるをえません。豊かな福祉国家をつくったけれども、支える側の国民は疲弊し、あるいは国家としての力量までも削がれてしまう。それでは逆に福祉国家が崩壊してしまうということで、土光臨調は「福祉国家」に「活力ある」の冠をつけ、「活力ある福祉国家」というキャッチフレーズにし、支える側の方も納得できる福祉国家をつくっていこうという方向に議論が収斂されていった。
私はこの議論は今でも通用すると思います。ただし、現在の視点で見直すと、もう一つ必要になってくるものは、福祉国家につける冠としての「自立」というキーワードです。自立というと、自立できない人たちに対して冷たいのではないかという話が、よく出るのですが、それとこれは話が違います。簡素で、そして効率的な小さな政府を、私たちはつくっていかなければならない。
それはなぜか。これは土光臨調でも議論されていたように、支える側が支えきれない社会というものは、衰退していかざるをえない。北欧の高福祉と言われた先進国、あるいは「揺籃から墓場まで」と言われた大英帝国、どこもが経験した間違いを、日本は犯してはならない。
そうしますと、やはり、政府の役割というものは、ナショナルミニマムの給付。必要最低限のことを、国が行っていく。そして他の問題については、地方自治体に権限を移していく。そして権限を委譲する以上は、その権限に見合ったサービスを行えるような財源、すなわち税も、地方に移していくというのが、この二十一世紀、私が考えうる、「自立した福祉国家」の姿ではないかと思っています。
この国の将来について話すと、なかには先の話より足元を見つめるほうが大切という人もいます。しかし時代の流れは今非常な勢いで加速しています。足元を見つめているつもりが、気づかないうちにそれはもう遠い過去のことになっていた、ということがあちこちで起きています。 過去とは現在の礎ですからもちろん大切ですが、今の日本の政治がなすべきは、この鬱々とした靄がかかっているような日本の未来に、明るい光を当てることではないでしょうか。「自立した福祉国家」はそういう意味で必要かつ不可欠なキーワードになっていくと思います。
<ITはもう古い。今やバイオ、ナノテクの時代だ>
ところで森内閣は、これから日本はIT革命でアメリカに追いつき追い越すというプランを置きみやげに退陣したわけですが、じつはITはもう古い。政府の言うIT改革は半周遅れのマラソンランナーです。儲ける企業はすでに充分に儲けてしまっています。半導体は韓国とか台湾との競争時代に突入しています。つまりITは家電感覚の事業になってきていて、国家戦略として推進するには遅すぎるのです。
IT、ITと一般の人が言うのは結構ですが、政府が今さらITを国家戦略として取り上げるのは、それこそ遅きに失したというものです。森さんはITではなく、次のことを言わなくてはいけないのに、IT関連株がもうピークをすぎた頃になってITと言ったものですから、案の定、市場の落胆が大きかった。
アメリカのブッシュ政権は次なる国家戦略として、宇宙戦略、そしてナノテクノロジーを標榜しています。比較して森総理のITはやはり精彩を欠いていると思います。せめて、あの時点では、ヒトゲノム解析、遺伝子組み替えなどバイオの世紀に日本が先陣を切るくらいの宣言をするべきだった。バイオの分野では日本はすごい実績をあげています。たとえば従来お酒をつくっていたサントリーや宝酒造などの、医薬品メーカー以外の企業が世界に冠たる研究を進めています。日本の本当に強いところはこっちなのです。IT産業を後押しするのもいいが、それを仰々しくやっては、世界の先進国は、日本は今さら何を言っているのかという反応しかありません。
日本のバイオがいかに先見性があったか。アメリカがヒトゲノム解析の研究を国家戦略として開始したのは一九八五年でしたが、日本はすでにその四年も前の一九八一年に研究を開始しており、しかもアメリカは当時、「これから私たちがやろうとしていることを日本はもうやりとげている」と愕然としているのです。その後、先行していた日本をアメリカがいかにして、ありとあらゆる手段を行使して追いぬいていったのかは石原慎太郎・一橋総合研究所著『「アメリカ信仰」を捨てよ』(光文社)にも述べられています。要するに国家戦略の差にしてやられたということです。済んでしまったことを悔やむような暇はないし、愚痴を言っても仕方ありません。
しかし、いったん追い抜かれはしましたが、日本のバイオ研究は再び世界のトップランナーとして躍り出てきています。
ステッパーと呼ばれる半導体の回路作成技術では、日本の企業がトップの技術力を持ち、ニコンが世界シェアの三六%近くを握っています。次の技術は百ナノメートル(一ナノは十億分の一)の線幅の回路作成技術の実用化だと言われ、ニコンはすでにその技術さえも達成したと言います。

実用段階の技術については強い日本ですが、バイオを見るとおり、先端の研究を握っていたにもかかわらず、いつの間にか戦略に勝るアメリカがそれを追い越してしまう図式があります。ナノテクの一番の注目株「カーボンナノチューブ」と呼ばれる、炭素原子が六角形の網目状に並んだきわめて細いチューブがあります。じつは世界で最も早くこれを開発したのがNEC主席研究員の飯島澄男氏で、一九九一年のことでした。この「カーボンナノチューブ」は鉄よりも強く銅線よりも電気をよく通します。これを応用すれば、従来製品に比べ、寿命が二倍、明るさも二倍の蛍光表示管ができます。さらには水素を貯蔵し放出する機能を使い、燃料電池用の水素タンクへの応用も考えられているうえ、医療分野への応用も可能といいます。その量産化もあともう少しの段階です。「ナノチューブ」の構造をさらに小さくしたような、六十個の炭素原子でできたサッカーボール状の粒子「フラーレンC60」。ガン組織にだけ入り込めるその大きさを利用して、この粒子の中に閉じ込めた抗ガン剤をガン細胞組織に集中的に運んだり、HIVエイズウィルスの酵素に対し選択的にくっついてその働きを邪魔できるなど、大きな可能性を秘めています。
アメリカのクリントン前大統領は二〇〇〇年一月に国家ナノテクノロジー戦略(NNI)を立ち上げ、IT革命に続く産業の牽引役としてこのナノテクを指名しました。アメリカの二〇〇一年度予算では四億九千五百万ドル、約六百億円がナノテクに組まれました。アメリカでナノテク重視の気運が高まったのは一九九六年頃から。飯島氏が日本でナノチューブを開発した実に五年後です。日本では経団連が二〇〇〇年七月にナノテク専門部会を設置し、政府に研究開発の推進を提言。ようやく最近、小泉総理が座長を務める政府の総合科学技術会議で二〇〇一年度の研究開発投資として五百十八億円が組まれました。
二〇一〇年に経団連の予想するナノテク関連国内市場規模は約二十七兆円とか。血管内に入り込んで患部を直接治療してくれる微小ロボット、角砂糖の大きさに国会図書館の情報が全部入るメモリー、小指の先ほどの科学ICタンパク質工場でテーラーメード薬合成など、これがいつ実現段階にたどり着くか、こうした先端技術が日本経済の牽引役を果たしていくことに大きな期待がかかります。
